経済・政治・国際

2007年9月12日 (水)

メリル講演会と安部首相辞任のニュース

五内川です。最近あまり本ブログを書いていないので、知り合いの方々からもしかられていますが、今日は近況などご報告。

今週、メリルリンチ証券の年次コンファランスが、六本木ヒルズのグランドハイアットで行われていますが、本日私もそこで講演してきました。
(セッションは同時並行含めて多数あるので、その中の一つです)

ところが14時の私のプレゼン前に、「安部首相辞任、記者会見」のニュースが・・

聞き手は事業会社の人たちもいますが、機関投資家など金融関係者が主力。会場には金融端末も置かれているし、金融市場への影響もすぐに分かる仕組みです。

というわけで、司会者が「首相辞任で皆さん気もそぞろでしょうが、そういう短期の話だけではなく、長期的視点で産業と技術の事も真剣に考えましょう」とコメントしてくれたのだが、随分と気を使わせてしまった。

結局私の講演自体は特に波乱もなく終わったわけですが、その後衆議院の議員さんの講演もあって、そちらに顔を出すと、これはもう、まさかこんなことになるとは、今晩中に国会対策と総裁選のスケジュールを練ることになるので、皆さん明日の朝のニュースを注目してください・・とのことで、相当のあわただしさ。
(永田町で会議→六本木で講演50分→また永田町で夜まで会議、ということなので、ご苦労様)

なんだか、すっかりビックリ・ニュースに振り回された一日になってしまったけれど、明日以降の展開に注目です。

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2007年5月24日 (木)

雌伏期が大事

ベンチャー企業が多数上場している新興株式市場において、株価下落が止まらない。

代表的なマザーズ指数など、年初の高値から3割下落してきている。

世界の株式市場が次々と高値を更新していき、日本の大企業で構成される日経平均ですら横ばいをキープする中、新興市場の下落はきわめて特異な感じがする。

この背景には、新興企業自体の業績が伸びなやんでおり、かつ粉飾決算やガバナンスの欠如など不祥事続発で、投資家から見放されていることがある。

大学発ベンチャーも1,000社を超える数が出来たといっても、このような厳しい環境が続く中では、株式上場できるケースはきわめて希だろう。

とはいえ、ある意味、現状はチャンスでもある。

新興市場以外の市場や一般経済環境が良いということは、体制立て直しのための機会があるということだ。

本当に経済危機などがあるような状況では、身をすくめて新しいことは一切できない。

まわりが良いうちに、ウミを出し切り、かつ次の飛躍の準備を水面下で着々と進めることが大事だ。

2001年~02年のITバブル崩壊時期、ネット・ビジネスはもう駄目だといわれたものだが、その間にこそ、ブログサービスやSNSサービス、モバイルビジネスなど次なる新事業や新技術の準備がなされたのだった。

同じことは、大学発ベンチャーにもあてはまる。

表面に出ていることだけが全てではないし、雌伏期に何をどれだけやっておくかによって、次なる技術サイクル、ビジネス・サイクルでは、天と地ほども差が付くことだろう。

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2006年12月19日 (火)

大学発VB5年目の正念場

今日の日本経済新聞15面に、「大学発VB問われる経営内容~ブームから5年正念場」という記事が載っている。

経産省の大学発VB千社構想から5年、行き詰まったVBも多い、という内容だ。

事例では、経営者の交代、VBどうしの合併、が取り上げられている。

ステージ的にも、研究者に起業を促すことから、起業後の会社を支援していく(たとえば大企業の提携先を見つけるなど)段階に入った、という。

実は起業も手を緩めてはいけないのだが、先行企業から成功事例が出てこない現状をみるに、後も続かなくなってきた、ということだろう。

今後、提携先云々ということになると、一律の支援策ではカバーしきれず、業界特有の競争条件にあわせたきめ細かな配慮が必要になる。

特に、千社構想は、日本の親交株式市場が、初めて経験したバイオ・ベンチャー相場と時期が一致したので、この分野の傷が深い。

米国のバイオブームも5~10年で浮沈のサイクルを繰り返しており、日本においても、この分野が回復するには時間がかかる。

反面、IT産業はバブル崩壊と言われた01~02年から、04年頃には回復が見えるなど、短期の修復力が強かった。

今回の低迷長期化の要因の一つは、日本の大学発VBが十分にこの分野を取り込めていない点にあるのではないか。

先端産業にも旬はある。

適切なタイミングでもっとも成長力の高い分野を欠かさないことが、今後の起業を促す際の注意点になるものと思われる。

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2006年9月21日 (木)

ハーバード大学の資産運用

昨日私立大学の資産運用について書いたところ、また今日の日経金融新聞で、ハーバード大学の資産運用に関する記事が掲載されていた(9月21日付け11面)。

これによると、同大学の基金の2006年6月期の運用収益は、プラス16.7%を記録したとのこと。

過去10年間の年間平均投資収益率にいたっては、15.2%という成績で、これはすなわち元本が10年で4倍以上になった計算である。

実際は、運用収益から大学運営に向けての拠出があり、逆にまた入ってくる寄付金があるので、残高金額は単純に4倍ということではないが、それにしてもすさまじい運用成績である。

下手な投資信託や投資顧問など、及びもつかない。

言うまでもなく、この利回りは、資産の7割以上を株式、ヘッジファンド、未公開株式、国際商品から不動産にまで、分散投資した成果である。

そのため成功報酬を設定してプロの運用者を雇ったが、あまりにも成功しすぎて、学長を超えるまで報酬が高騰し、それがためにクビになる、というオチまで付いた。

それはともかく、こうした潤沢な資金が研究資金や奨学金に回り、研究成果に結びつき、優秀な人材を世界中からひきつける。

今後の少子化やネットによる知識拡散社会を考えると、わが国の大学もまた、こうした世界の大学との競争が現実味を帯びてくる。

大学もまた世界競争の荒波とは決して無縁ではないし、資金力は(それだけではないけれども)きわめて有力な道具の一つとなりうるのだ。

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2006年9月20日 (水)

私立大学の資産運用

今日の日経金融新聞一面に、「慶大、ヘッジファンド投資」という記事が出ていた。

記事の真偽のほどは別にしても、私立大学の資産運用の手法が、多様化の兆しを見せている、ということの表れだろう。

大学資金は、保守的な性格を持つから、基本的には元本保証が望ましいということになる。

とすれば、商品としては、大口定期預金とか債券が中心となるだろう。

しかしながら、現状は低金利時代である。

多少なりとも利回りを求めるなら、ある程度のリスクを取る必要が生じてくる。

まして、学生の減少、研究予算の厳しい査定、先行投資(研究施設・校舎の建設、優秀な研究者の確保など)を考えると、資産運用へのプレッシャーは、今後も高まることが予想される。

ということで、記事を見ると、私大の場合、外債や仕組債といった商品での運用はすでに見られるようだ。

まず、外債運用であれば、これは為替リスクを取っていることになる。

仕組み債は、為替や金利が一定水準をヒットすると繰上げ償還や利払い中断するといった特約条項がついているようで、すなわち再投資リスクや利息変動のリスクを取っていることになる。

こうしたリスクを引き受ける代償として、ハイ・リターンを狙っているわけだ。

もちろん、これがどんどん発展して、株式のような変動幅の大きい商品にすぐ展開するということにはならないだろう。

とはいえ、外債や仕組み債でも、1~2%程度の変動リスクは、既に取っているわけである。

全運用資産に占める株式の割合を上限で数%に限定すれば、株式自体の変動は何十%あっても、資産自体の変動幅をやはり一定範囲内に抑えることができる。

こうしたポートフォリオ全体の考え方に立てば、リスク資産を組み入れることも不可能ではない。

おそらく難関は、その運用を行う人材を確保できるかどうか、あるいは成果が振るわない場合の責任をどうするかといった、組織側のほうにあるように思われる。

米国の私立大学のように、運用収益が、学費、研究予算、寄付と並ぶ収入の柱に育つには、まだまだ時間がかかりそうだ。

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2006年9月 6日 (水)

特許帰属⑩

(8月22日より承前) 特許の帰属は、個人から機関(大学)へと大きく変化した。

その流れを簡単におさらいして、現在の我々の立つ位置を確認しておこう。

嚆矢をつけたのが、1980年の米国バイ・ドール法成立である。

当時、米国では、経済競争力の低下が懸念されており、その対抗策の一つとして、産学連携に注目が集まる状況にあった。

そのため、大学の技術移転を促進すべく、バイ・ドール法は、特許の機関帰属を打ち出したのである。

以後の米国の産学連携、TLOの活動、ベンチャー隆盛は、知られるところだ。

日本では、米国に遅れること20年、まずは99年に、日本版バイ・ドール法(産業活力再生特別措置法第30条)が作られ、その後2002年に知的財産戦略大綱や知的財産基本法の制定、2004年には国立大学法人化と、ようやく技術移転の制度整備が進んできたところである。

その点、制度という側面から見ると、米国並みになってまだ数年しかたっていないわけだ。

しかも、制度作りの時点では、専門家、関係者含めて、かなりのエネルギーを費やした。

現状は、それが一服して、小康状態に入ったため、知財関連の話題は、何か盛り上がりに欠けるような感じすら受ける。

ある意味これは健全なことで、制度作りから、地道な運用の局面に入ったとも言える。

こうした個々の努力は、マスメディアなどには現れにくい。

真の成果が問われるのは、さらに5年先だろう。

この間、バイオ・ベンチャー・バブルが弾けるなど、産学連携の成果に厳しい目を向ける向きもある。

雌伏期こそ、手を抜くことなく、制度の恩恵を最大限に活用して、努力を続けることが重要だと思われる。

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2006年8月22日 (火)

特許帰属⑨

(承前) それ以外にも、大学特許を扱う際に、念頭に置かなければならないことは多い。

ここでは、発明者について考えてみる。

なぜ、発明者が問題になるかというと、大学での研究には複数の関係者がかかわっているケースも多く、本当の発明者が誰なのか特定する必要があるからだ。

研究室には、指導している先生もいれば、実際に作業をやっている助手や研究員の人もいる。

おおむね指導的立場の研究者が研究の方向性を打ち出すと思われるが、実際に実験を行ったり作業を行ったりするのは、また別の助手であったり、研究員であったりすることも多い。

極論すれば、アルバイトの学生が手伝いに来ていて、何か寄与することすらだって、あるかもしれない。

そこで、本当は、各人の寄与率をはじき、きちんと発明人として申告しなければならない。

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しかし、なかには、複数の研究員の共同作業を、指導的な先生一人が発明したことにすることも、可能性としてはありうる。

力関係が反映するからだ。

そうなると、発明人の項目は虚偽ということになってしまう。

このようなケースでは、特許が取れても、将来的に疑義を申したてられ、あるいは精査をされると、特許自体、無効になりかねない。

やはり実態として誰(と誰)が発明を成し遂げたのか、を特定することがきわめて重要になるのだ。

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もちろん、発明に対する各人の寄与率を算定することは、決して簡単なことではない。

アイデアを出した人、手を動かして準備した人、実験作業で決定的な結果を出した人・・の比率を測定する便利な公式のようなものは存在しない。

判断の合理性は、ある程度、現場にゆだねられている。

したがって、今後はその範囲を慎重に見極めることが、必須になるものと思われる。

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2006年8月21日 (月)

特許帰属⑧

(8月17日より承前) 大学特許のライセンス収入は、大学での配分ルールに従って、その特許の開発者にも還元される。

これが原則だ。

しかし、この仕組みの運用にあたっては、これからテクニカルな問題が生じてくると思われる。

一例をあげると、仮に、その研究者が大学を移ってしまったらどうなるか?

研究者の多くは、ポストや研究環境を求めて大学間を異動する。

よって、その異動を追跡して、権利関係を明確にする必要があるものと思われる。

例えばの話だが、前の大学で申請した特許のライセンス収入は、別の大学に移っても、きちんと支払われるだろうか?

その場合の配分比率はどうなるのか?

あるいは、今の大学と、異動が見込まれる先の大学の、配分ルールが異なる場合はどうなるだろうか。

発明の届け出や特許申請のタイミングを、多少操作することもあるかもしれない。

現状は全国一律で配分ルールが決まっているわけではないが、研究者の流動性を確保するという意味からも、大学間の連携やルールのすり合わせが、今まで以上に望まれるのだ。



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2006年8月17日 (木)

特許帰属⑦

(承前) さて、今まで述べてきたように、特許は大学への機関帰属が中心になる。

次の問題は、特許によって得られた利益を関係者にどう分配するか、ということである。

配分のルールは、大学ごとに策定されているはずだが、例えば次のような関係者への分配が想定されるだろう。

第一に、特許申請やライセンス付与(マーケティング)のコストである。

これは、TLOに対する支払いである。

第二に、大学への還元部分である。

大学自体や、あるいはその特許を開発した研究者の所属する部局などへの割当がある。

これは、研究開発への再投資の原資(予算)に相当するものである。

第三に、開発者個人への還元である。

これは、特許を生み出したことに対する直接的な対価とみなされる。

それぞれの分配比率は、大学によってルールが異なるだろうが、おおむね上記のような要素が考慮されると思われる。

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一見すると、特許収入から開発者個人が受け取る金額は、全体の1/3か1/4ぐらいにとどまりそうである。

以前のように個人特許をとっていたら、収入は100%個人に所属していた。

しかし今は、特許が機関帰属になったことによって、大学やTLOが特許取得のアドバイスを行ったり、売り込みのマーケティングを行ってくれるようになった。

ライセンス候補先に対する条件交渉も、研究者個人が行うより、機関が行ったほうが、強まると思われる。

すると、特許収入のパイ自体が増えるわけで、それにより、研究者個人への分配の絶対額も高まると想定された。

機関帰属は、あくまでも大学と研究者の間のWin-Win関係構築が前提となるのだ。

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2006年8月 9日 (水)

特許帰属⑥

(承前) このネタは、ひとたび書きはじめると、全然終わらないくらい、奥が深い・・

とりあえず、基本的なことを追いかけていく。

さて、いまや研究者は発明をしたら、職務発明の届出を大学に提出しなければならない。

この手続きを無視して大学に報告せず、自分で勝手に特許を取っていた、ということになると、これは問題だ。

最悪、大学との関係から、特許の成立そのものに疑義が生じかねない。

外部の産業界が、研究者の個人特許を慎重に見る必要がある、というのは、こういうところに理由がある。

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悩ましいのは、04年の国立大学法人化前の特許の扱いだ。

当時は、特許の大学への機関帰属が必ずしも明確ではなかった。

個人特許も多いと推測される。

しかしながら、所属する大学との関係によっては、特許出願の前に、大学に発明の届出を行うことが要請される場合もある。

手続きを無視して大学に発明の届出を出していない、ということになると、やはり潜在的な問題をはらむことになる。

「当時の事情」というものは、往々にして忘れられやすいし、「なあなあ」で共同研究やらライセンスやら、事態が進行していく可能性もある。

産業化・事業化が成功してから、振り返ってみてミスがあった(特許自体に疑義があった)・・では済まないこともあるだろう。

研究者の古い特許を使うときほど、慎重な検討が必要とされるのだ。

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