学問・資格

アントレプレナー道場最終発表&審査会

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先週10月17日(土)に、東京大学産学連携本部主催、アントレプレナー道場の最終発表・審査会がありました。

この日を目指してビジネスプランを磨いてきた精鋭6チームが、一堂に会して、最終発表に臨みました。

持ち時間は、各チーム15分プラス質疑応答10分。

このわずかな時間で、厳しい(?)審査員たちを説得していくわけです。

さすがに、合宿時などに比べると、どのチームもプラン自体はブラッシュアップされています。

時間が無いことも考慮に入れ、事業自体をできるだけシンプルにして、結果、訴求ポイントへの絞込みはよくなされていたと感じました。

学生の皆さん、普通の授業と違って、ビジネスのプレゼンなどそれほど慣れているとはいえないのですが、やはり最終発表は一味違うということでしょう。みな堂々と発表していたように思います。

内容はサービスが4、テクノロジー系が2、という按配でした。

結果、最優秀チームが1つ、優秀チームが2つ、そして私がメンターを務めたチームは次点の第4位となりました。

上位三チームは、北京大学との交流プログラムで、北京行きの特典があるのですが、

私がメンターを務めたチームは残念ながら落選。

・・・と思ったところ、日程の関係で上位のうち一チームが辞退、最終的に繰上げ当選になってしまいました。

まあ棚ボタですが、北京でもがんばってほしいものです。

こうして、発表会の後は、打ち上げで飲んでおしまい、という一日でした。

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さて、このプログラムに参加したのは、私も今回が初めてなので、この辺の詰めの甘さが出てしまったかもしれませんが、学生さんたちの成長(?)も見ることができ、雰囲気も味わうことができて楽しい催しでした。

ひょっとしたら来年も? というには気が早いのですが、参加された学生さん、スタッフの皆さん、とにかく本当にご苦労さまでした。

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アントレプレナー道場で合宿

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東大のビジネスプランコンテストであるアントレプレナー道場も、いよいよ佳境に入ってきました。

9月シルバー・ウィーク後の週末には、千葉の新検見川にある東大のセミナーハウス(写真)で、合宿を行い、皆さん、プランを練りました。

今回最終エントリーに入っているのは6チーム。

各チームからの中間発表と討議、最後は飲み会となりました。

どこも社会的意義や技術など、面白そうなテーマをぶつけてきているので、ネタは十分と思います。

とはいえ、ビジネス・モデルについては、まだまだブラッシュアップの余地がありそうです。

以前よりコンテストの合宿に参加している方のお話では、「合宿から最終発表までの追い込みで決まる」とのことで、勝負はいよいよここからでしょう。

その後も各チーム毎に打ち合わせを進めつつあります。

どう大化けしてくれるか、大変楽しみです。

(あとはリンクです。前年度の「アントレプレナー道場ものがたり」もご参照下さい)

http://www.ducr.u-tokyo.ac.jp/dojo/story_4/index.html

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アントレプレナー道場が始動

アントレプレナー道場は、東京大学産学連携本部が主催するビジネスプラン・コンテストです。

東京大学の学生(大学院生含む)を対象として、それぞれ自分が起業家になったつもりで、ベンチャービジネスのプランニングをしていくという趣向です。

起業家教育、アントレプレナーシップ教育の一環として、数年前から始まり、過去の参加者たちも各方面で活躍していると聞きます。

そんなコンテストに、私も今回初めて、参加チームへの助言役という立場で関わることになりました。

そして、ちょうど昨日、コンテスト参加候補チームによる超ショート・プレゼンテーションが開催されたのです。

いわゆるエレベーター・ピッチというやつで、投資家といっしょにエレベーターに乗り込み、目的階に着くまでに口説き落として投資を募る、というところから名付けられました。

だから、各チームのコメントは2分間、質疑応答3分と決められていたのですが・・

たかがコンテストと侮る無かれ、早くもその質疑応答の真剣なところに、今後の「ヒートアップ」を予感させます。

今後正式に最終審査へのエントリーチームが決まってくると、もっと白熱するのでありましょうな。

いずれにしても9月には合宿、10月の最終選考が予定されているので、チーム作りやプランニングもこれから一気に加速しそうです。

「開始から最終選考までの、学生さんたちの成長率・変化率がすごい」とは、以前、助言役として参加した方の弁です。すごく楽しみです。

私も、まずは体力で置いてけぼりを食わないように、節制モードに入って望みたいと思います。

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論文が「証券経済学会年報」第44号に掲載されました

筆者が以前、証券経済学会・中部部会で行った報告

~「情報通信社会の未来像と金融市場」の論文が、

「証券経済学会年報」第44号(2009年7月刊)に掲載されました。

かなりはしょっており、実質ほとんど抄録になってしまっているのですが、

①情報通信社会に向けての「経済性(エコノミー)」の源泉変化、

②それをもたらす計算力・通信力の爆発(半導体集積度の向上)、

③計算力を体現するコンピュータの社会的受容のステップ、

④系としての社会変化の予測、

⑤金融界に対する影響、

という流れで書いています。

個々の事例の話などもっとできたらいいのですが。

とりあえず今年も東京大学産学連携本部との共同研究で、

情報通信社会の研究を行う予定ですので、

その辺で議論を深められれば、と思っています。

というわけで、準備準備・・

文献 : 五内川拡史 「情報通信社会の未来像と金融市場」, 『証券経済学会年報 第44号』(2009年7月)P252-253, 証券経済学会

→東京大学産学連携本部「東大メンターズ」のページ http://www.ducr.u-tokyo.ac.jp/kigyou/mentor.html

 

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シンポジウムが学内広報誌に掲載されました

東京大学で行ったシンポジウム「情報技術の未来と大学/ITベンチャーの役割」の模様が、学内広報CrossRoad Vol.39に掲載されました。

http://www.u-tokyo.ac.jp/gen03/kouhou/1383/12.html(掲載ページ)

http://www.ducr.u-tokyo.ac.jp/documents/univ_bulletins.html(トップページ)

写真も撮っていただきました。

講師の皆様、関係者の皆様、ご来場の皆様、ありがとうございます。

今年度(~3月)のイベントはこれにて終了し、ここから先は来年度の共同研究テーマ立案が待っています。

さて、どんなテーマになりますやら・・



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東京大学と共同で研究シンポジウムを開催しました

いささか旧聞のきらいもあるのだけれど、本09年1月22日、東京大学と産学連携共同研究シンポジウムを開催した。

タイトルは「情報技術の未来とITベンチャー/大学の役割」。
http://www.ducr.u-tokyo.ac.jp/kigyou/seminar/090122venture.html

ソニーコンピュータサイエンス研究所の所長である北野宏明さん(東大の客員教授も兼任されている)に基調講演を、また、メタWeb研究所社長の鈴木潤一さん、SIGHT ENTERTAINMENT JAPAN社長の斎藤武一郎さんに、ITベンチャーの現場からということで、話をしていただいた。

その後講演者の皆さんと、産学連携本部の各務教授、わたし五内川も交えて、パネル・ディスカションを行うという構成だった。

本シンポジウムを開催したのは、「100年に一度の経済危機」にあって、この危機の先にどのようなIT技術の進歩があり、社会的インパクトが待ち受けているのか、ということを、この機会に改めて考えてみたかったからである。

簡単に内容を振り返ってみよう。

北野さんからは、IT技術をどのような分野に応用していくか、その出口が重要だということで、グローバルかつマクロな視点からスケールの大きいお話をいただいた。

米国オバマ新政権の科学技術戦略、現在の地球温暖化をはじめとする環境問題、ご自身のシステムバイオロジー研究など多岐な事例も交えて、コンピュータの解析能力がどのような問題に適用されるべきか、あるいは実際に応用が可能になってきているのか、といった点で興味深いお話を聞くことができた。

続く鈴木さんからは、システム構築とデータ処理の歴史を振り返って、本当に必要なデータとは何か、それをまだIT業界は提供できていないのではないか、という問題提起をいただいた。現状はテキストデータをかろうじて管理する技術ができたばかりであり、各個人にあわせた自分自身のためのデータをどう扱うかがこれからの課題だ、ということである。

斉藤さんからは、ハリウッドでの経験をもとに、CGやゲームといったエンターテイメントの分野に関するお話をいただいた。その中で、日本は映像技術のみならず、企画・マーケティングのグローバル化、開発ツール・インフラのオープン化で、遅れを取っているのではないか、という強い危機感の表明があった。

続いてパネル・ディスカションに移る。

一番目のテーマは、今後の情報技術の発展の方向性についてである。

これによると、現在のコンピュータは線形モデルに関しては相当の計算能力があること、しかし今問題になっているのは、力業でもなかなか解きにくい非線形の問題であること-といった指摘がなされた。

数学的にも匠の余地がまだまだ残っており、人間のひらめきや、メソドロジーの工夫が重要であること、現象を捉えて近似値を探るところにITの新たな領域がある、ということだ。

パネルの次のテーマは、国際標準の問題だった。

とりわけグローバルな視点からいえば、日本の研究者は海外の標準化議論でほとんど発言しない、といった具体的な問題など指摘された。

一介の個人や起業家であっても、世界の標準化コミュニティに対して思い切って発言したり、メールでどんどん発信していってほしい、ということだ。

特に今回の三人の経歴を見ると、北野さんは国際的な共同科学研究プロジェクトを運営しており、鈴木さんもオラクル在籍時代にシリコンバレーで活躍、斉藤さんはハリウッド企業を事業パートナーにしている。

いずれも国際舞台での活動を実践されている方々で、強いメッセージが発せられているように思う。

これを受けて、各務先生からは、産学連携本部でも、海外大学との連携含め、グローバルな取り組みを更に強化していく、というコメントもあった。

最後のテーマは、大学の役割というところで、東京大学に対しても「もっと外国人や女性の比率をあげてはどうか」「プロフェッショナルな人材養成を」「あちこちに議論のためのホワイトボードを掲げて埋め尽くしたらどうか」など、おもしろい意見もいただいた。

総じて、コンピュータ能力がもたらす社会の方向性と、大学やITベンチャーに期待する人材の資質について、多くのヒントが得られたように思われる。

私自身も、こうした視点を盛り込むことで、次の共同研究テーマを発展させていければ、と思っている。

ともあれ、講師の皆さん、聴講にお出でいただいた皆さん、産学連携本部のスタッフの皆さん、本当にありがとうございました。

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山中伸弥教授の講演(国際バイオEXPO)

発明・発見には、ブレイクスルー型と漸進型がある。

あるボトルネックを抜けると、そこに未踏の新大陸が開けてくるようなものが、ブレイクスルー型の真骨頂だ。

こうした成果を目にする機会は、そうそうあるものではない。

というわけで、東京ビックサイトで開催されている国際バイオEXPO、京都大学の山中伸弥教授の講演を聴きに行ってきた。

言うまでもなくiPS細胞の発見者として注目の方であり、さすがに会場も超満員となる。

お話は、iPS細胞を見いだすまでのプロセスと、今後の応用への期待について。

聞いてみた私個人の印象は、「1%のインスピレーションと99%の努力」というエジソンの言葉を彷彿とさせるものだった。

まずは、インスピレーション。

当時、研究者の注目が万能細胞の分化の仕方に集まる中で、その逆である脱分化-普通の体細胞を万能細胞に戻してしまう要因を探す-という逆転の発想があった。

しかしそれだけでは、アイデアにすぎない。

そこから始まったのが汗-すなわち実際の脱分化の因子探しのプロセスである。

iPS細胞の発表時は、「誘導因子の絞り込みは勘で行った」みたいな話が報じられたこともあったが、実際の話を聞いてみると、全然違う。

日本の研究者たちが生み出した実験成果やデータベースをしっかり研究の基盤に据えて、その上で、考えられる膨大な順列・組合せの仮説を、知恵の限りを尽くしてショートカットしながら実験していったのだ。

やはり安易な妥協から真の独創性は生まれない、ということを再認識。

知恵と努力とある種のガッツ。

バイオテクノロジー分野には門外漢の筆者であるけれど、何か偉大な成果に共通するものが一瞬垣間見えたような、そんな気がする。

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ソニーコンピュータサイエンス研究所シンポジウム

五内川です。たまには、外部の講演も聴こうということで、ソニーコンピュータサイエンス研究所(CSL)の20周年シンポジウムに行ってきました。

まずはソニー中鉢社長。大学の資源工学からエレクトロニクスメーカーであるソニーに転身した体験談を、おもしろ可笑しく語っていました。

国際教養大学学長の中島嶺雄先生からは、同大学のユニークな取り組みの紹介がありました。

秋田という地方にあって、グローバルな人材を育成する仕組み(学生は一年目寄宿舎制、その後必ず一年間の留学を義務づけ、国際的な単位互換も完備)には、驚きました。

今では、同大入学の難易度は、東大に次ぐところまで上昇しているとのことです。

続いて、CSLの各研究者の発表です。

CSLの所眞理雄所長からは、科学研究におけるオープンシステムの重要性について話がありました。

続く、北野宏明さんからは、「ロバストネス(システムの頑健性)」をキーワードに、生命現象のネットワーク探求のお話がありました。

これらネットワークを理解することで、創薬の仕組みも、単一ドラッグの発見のみに頼るのではなく、既存薬品の組合せによるパーソナライズ化が進む、との刺激的な仮説提示がなされています。

歴本純一さんからは、情報量が「人類の記述しうる全ての情報」から「人類が観測しうる全ての情報」に拡大すると、想像を超えた展開が起こると予測。

電子シミュレーションと社会・自然の挙動が一体化し、地球はサイボーグ化する、と、これまた大胆なお話です。

高安秀樹さんからは、経済物理学の知見を使って、金利に変わるシステムを提案。

ある種の大数の法則に基づくプロフィット・シェアリングを包含して、リスクをミニマイズする融資の仕組みを提唱しています。

最近はすっかりTVでおなじみ、茂木健一郎さんからは、脳に対する偶有性(半ば規則があり、半ば偶然)の重要性から説き起こして、個人はネットワークの中にいてこそ真価が発揮できるのだ、と持論を展開されています。

総じて、CSLに「コンピュータ」という言葉が含まれているように、どなたも爆発する計算力とネットワークの増大が何をもたらすのか、というところに、切り込んでいるように感じました。

その対象が、生命現象であり、地球の自然環境であり、経済であり、あるいは脳であるわけです。

一人の人間では到底持ちきれない、理解できないほどの情報爆発が我々をどこに導こうとしているのか、きわめて刺激を受けたシンポジウムでした。

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国立大学の株式取得

こんにちは、五内川です。今日は気になる記事を見つけたので。

4月22日(木)付け日本経済新聞の夕刊トップに、「国立大も株取得可能に」という記事が載っています。

米国では、スタンフォード大学が検索の特許をGoogleに供与、その特許料の一部としてGoogleのストック・オプションを受け取っていた事例があります。

最後は、Googleの株式上場で、スタンフォード大学は300億円とも400億円とも言われる利益を上げています。

そんなわけで、日本の国立大学も、ライセンス料として、企業の株式を取得できれば、値上がり益を期待できるわけなのですが、今までは大学の出資に関する規制があって、一般企業の株式取得が原則認められてきませんでした。

寄付や、ストック・オプションの受取は可能だったのですが、前者は大学が事前にあてにできるものではありませんし、後者は「オプションを行使して株式を取得する」ことができないので、実際問題としてはきわめて使いにくいものでした。

ところが、この記事によると、国立大学法人法を改訂して、来春には、こうしたオプション行使時の株取得が認められるとかかれています。

これが実現すると、大学のライセンス技術を活用したベンチャー等は、初期時点のお金の流出を抑えて株式(オプション)で支払いを行うことができるので、資金繰りにはプラスでしょう。

もちろん大学側にも、キャピタル・ゲインという形での収益が見込まれるかも知れません(利益があがれば、研究活動に再投資されることになります)。

今回の改訂で、大学の産学連携関係者、ベンチャー関係者にとっても、前々からの懸案事項が一つ片付くことになります。

踊り場の大学発ベンチャーですが、こうした制度改正も利用して、再度弾みをつけてほしいところです。

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東大産学連携本部/東証共催セミナー

こんにちは、五内川です。

さきほどまで、東京大学産学連携本部と東京証券取引所の共催セミナーが開かれていたので、出席してきました。

タイトルは「大学発ベンチャーの成長とIPO実現に向けて」です。

趣旨としては、大学発ベンチャーは、その成り立ちや成長過程で、大学固有の制度や仕組みの影響を受けるため、株式上場を目指すに当たって、取引所でもその辺の状況を整備しましょう、というものです。

この件に関して、東大と東証で共同研究を行ってきたその成果発表会も兼ねているわけです。

まず、イノベーション論で著名な今井賢一先生から基調講演があった後、関係者の方々(大和総研の鈴江参与、東京大学エッジキャピタルの郷治社長、トーマツのパートナーである北地さん、野村證券の石井部長、モデレーターは各務先生と、東証の静執行役員)でパネル・ディスカションが開かれました。

東大から産学連携への取り組みの報告、東証からマザーズ上場の手引きの改訂、論客の皆さんの意見と続きました。

焦点になったのは、第一に、大学発ベンチャーの知財の取扱です。

今までは上場の前提として大学からベンチャーに知財が譲渡されていることが原則重要だったわけですが、今後は仮に大学に知財が残ったままでも、実質的な占有実施権が担保されているか、あるいは将来その知財が有効性を失うリスクや追加維持費用及び対応策等を情報開示すれば、それらが必ずしも上場の支障にならない、という視点が打ち出されました。

また、大学研究者と企業経営者の兼任問題においても、実態把握や適正な学内手続き、利益相反防止などへの注意が喚起されています。

こうした東証側の変化を受けて、ディスカションでは、大学知財の取扱、ベンチャー支援者から見た研究者とのつきあい方、大学発アントレプレナーの支援策、などが話し合われました。

特に学生にはベンチャー経営など挑戦の場を与えるとすごく伸びる、という話題が印象に残りました。

ともするとパネルも出演者の個別プレゼンだけで終わってしまう場合も多いのですが、今日は十分時間を取って活発な議論が行われたので、聞き応えがありました。

今後、大学発ベンチャーで制度的な障害になっていた点、曖昧な点がクリアになっていくことで、上場含めたパスが開けてくるものと思われます。

東大側でプロジェクトを引っ張ってこられた各務先生、白石先生、関係者の皆さん、お疲れ様でした。

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東京大学アントレプレナー道場

五内川です。今日は本郷でアントレプレナー道場の発表会があったので、一瞬だけ覗いてきました。

これは産学連携本部主催の学内ビジネス・プラン・コンテストですが、今年で三回目。

学生さんたちが新しいビジネスの計画をいろいろと発表し、素晴らしいプランがあればベンチャー・キャピタルからお金が付くかもしれない(??)という、アントレプレナー養成の場です。

今日は、メンターと呼ばれる指導者の方たち(産学連携本部や会計士さん、コンサルタントの方々)が、各事業プランを厳しく揉んできたその成果発表と相成りました。

ビジネス経験を持っているわけでもない学生さん中心のプレゼンなので、逆に初々しい感じがして良かったですね。

合計六チームの発表があったようですが、学内の催し物でもあり、またこれから外で他流試合も行うとのことで、各事業プランの中身は割愛します(もっとも筆者も時間がなくて、全然聞けませんでしたが・・)。

ただ、メンターの方が言っていましたが、「学生さんの変化率がすごい」とのこと。

最初は全然箸にも棒にもかからないプランが、発表間間近になると途端にレベルアップしてくるそうです。

こういう成長の場とポテンシャルを感じさせるところが、道場の魅力でしょうか。

関係者の皆さん、お疲れ様でした。





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学会のパネリストを務める

今日は、ロボット学会のパネリストを務めてきました。

千葉工業大学の津田沼キャンパスで、1時間半ほど「ロボットとメディア」をテーマにして、パネル・ディスカションを行いました。

パネリストは、司会に東北大学の内山先生、ファナックの研究所長の榊原さん、メディア側からということで、ロボコンマガジン編集長の竹西さん、サイエンスライターの森山さん、日経エレクトロニクスの進藤さん、私の六名です。

時間はお昼過ぎに一時間半ほどで、「自己紹介とメディアの役割」「メディアへの期待・注文」「メディア側から研究者・学会への注文」などの構成で議論を行ったのですが、やってみてなかなか難しいテーマだな、というのが率直な感想です。

今まであまり正面切って取り上げられなかったテーマでもありますし、まだまだ考えなければならないことは、たくさんあるようです。

消化不良のところもあったかもしれませんが、皆さん、おそらく一番に言いたかったメッセージだけは確かに伝えていた、ということを感じました。

また、メディア系のこういうメンバーを一同に揃えたのは今回が初めてではないかと思われるので(学会ならでは、です)、その辺が今日の付加価値ということでしょう。

議論の中身は、皆さんそれぞれ自分のブログやニュースで書いてくれるのでは、と勝手に期待してしまって、本ブログでは割愛。

お疲れ様でした。


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アーカイブ化される知識

先日のメジャー・リーグ、オールスター戦で、イチローが史上初のランニング・ホームランを放ち、MVPを獲得した。

あいにく、日中仕事をして、帰宅時間が深夜にずれこむと、夜のスポーツ・ニュースが終わってしまい、もうその映像も見られない、というのが、今までの困った問題であった。

ところが、最近は、Youtubeのような動画サイトが発達して、合法・違法を問わずどんどん映像がアーカイブにアップされている。

帰宅前に仕事場のパソコンをのぞきこみ、Youtubeに、「Ichiro」と打ち込んで検索するだけで、オールスターの中継映像、その後のニュースの映像、はては米国の放送映像(実況は英語)、と多種多様なアングルからの映像を見ることができるのだ。

好きな時に好きな映像を引き出すという体験を一度でも味わうと、これこそ消費者が真に求めるサービスなのだと実感させられる。

更には、見るだけでなく作って配信することもこれだけ容易になってくると、知識の創造・流通プロセスが変容するのは、避けられないのではないだろうか。

おそらく教育機関もこの流れの外にはいられないと思う。

過去の講義、世界中の講義が全て映像化されて、誰でも自由に引き出せるような時代になれば、地殻変動が起きるかもしれない。

知の体系はアーカイブにまかせ、特化した教育スキルを磨くのか、はたまた最先端の研究・創造に特化するのか、教育と研究の役割分担も再考する必要があるだろう。

前哨戦は既に始まっている。

筆者の属する調査の世界でも、セミナーや講演会の類はじりじり情報としての価値が薄くなってきた。

今までは共有が講演に来た数十人~数百人程度に限定されていた情報が、アーカイブにアップされた途端、あっというまに汎用化してしまう。(ひどい例だと盗み撮りもある)

インターネットがもたらしたのは、知識の強力なデフレ化現象。

知識産業に生きる我々には、大動乱の時代になったといえるかもしれない。

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東大アントレプレナープラザ見学

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五内川です。

ついに、東大本郷キャンパス内に、インキュベーション棟が完成。

というわけで、その東大アントレプレナープラザを内覧してきました。

http://www.ducr.u-tokyo.ac.jp/kigyou/200609entre_plaza.pdf

最大で30社くらいのベンチャー企業が入居可能とのこと。

4階以上は、バイオ系のラボなども設置ができる仕様です。

最上階のエレベーターを降りると、眺めがとてもいい。

ちょっとくつろぐスペースもあり、たぶん自販機が置かれるのではと推測されます。

一部屋は17坪ぐらいだと思いますが、数人でスタートするには十分でしょう。

まだ募集中みたいなので、ご希望の東大ベンチャーの方がいれば、応募してみては?

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特許のラインセンス料③

(2月8日より承前)

ライセンス交渉の難所を、もう一つ指摘したい。

それは、共同研究・共同発明先の企業が、この特許をクロスライセンスに使おうと思っている場合である。

企業が、その特許を中核にして自社製品を作るとか、あるいは他社に現金対価でライセンスをする場合であれば、その特許によるリターンが可視的で計測可能だ。

ところが、一般にクロスライセンス契約は、一つの特許を相互交換するというより、複数の特許をバルクでクロスすることの方が多い。

条件は、クロスライセンスを結ぶ両方の企業の交渉、力関係で決まる。

この場合、必ずしも、個別個別の特許ライセンスに市場価格やリターン計測可能な価格が付いているとは、限らない。

すると、このバルクに含まれた、特定特許(大学と共同開発したもの)の価値は、良くわからない、ということになる。

従って、企業が最初から、ある大学との共同特許をクロスライセンスの一材料と認識したとすると、特許価値よりも対外交渉力や政治力の方が重要ということなのだ。

当然、不実施補償含め、大学からの特許ライセンスの条件をそう簡単には飲めない、ということも起こりうるだろう。

実際、エレクトロニクス製品では、複数の特許を組み合わせて商品が成立するので、クロスライセンスを避けることは難しいと思われる。

ここで大学が攻めにでるなら、単に個別個別のライセンス交渉をするだけでなく、新分野の新技術をまとめて開発して、主導権を握り、パテントプールにメーカーの参画を呼びかけるぐらいの気概が欲しいところだ。

コロンビア大学が、圧縮技術MPEG2のパテント・プールを主導したのは、有名な話である。

それができたのも、コロンビア大学が基幹技術を押さえていたからだと言われる。

ライセンス交渉には、個別交渉から業界横断的な提案まで、様々なスペクトルがあるので、それらをうまく使いこなしていくことが重要だろう。






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特許のライセンス料②

(2月2日より承前)

特許のライセンス料をいくらにするのか、対価の算定はなかなか難しいものだということは、前回述べた。

実際、この特許はいくら、と一意的に決めうるとは限らない。

むしろ、実際にその特許を使った製品やサービスを展開してみて、事後的にどれだけの価値があったんだと気がつく、というのも大いにあり得る話だ。

そこで、特許のライセンス料には、製品やサービスの売上高と連動する形で設定するロイヤルティも多用される。

更に、事前のアップフロント・フィーと、売上連動のロイヤルティとの組み合わせというのも、よく見受けられる仕組みだ。

売上連動が増えるということは、大学からすると、リスクとプロフィット両面で、企業側とシェアリングをしていると言える。

特許自体の価値がわかりにくい、という場合には、こうした事後的な調整方法が適していると思われる。

一方で、最初にもらえるフィーが少ないと、大学側の資金回収が進みにくいというデメリットもある。

この辺の案配を、特許の価値や相手との交渉・力関係絡めて適正に設定していくことが重要だ。

こうして考えると、ライセンス・フィーの受取方法と期間は、大学の知財マネジメントにとって、戦術的な中核要素の一つと言えるだろう。


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特許のライセンス料を巡って

(1月31日より承前)

ここまで不実施補償の話をしてきたが、今回は、特許料へと話題を移したい。

共同研究先の企業が実質的に不実施補償に同意した場合、あるいは第三者の企業にその特許をライセンス供与するとき、その対価はいくらになるのか。はたまた、どのように払われるのか、という問題である。

これはもう知的財産の価格の話になるわけで、当事者どうしの交渉というしかない。

何か便利な指標があるわけでもない。

ある種の需給、交渉力で決まるということだ。

その特許が事業のコアをなしており、どうしても必要不可欠だ、ということになれば、高い価格が付くと思われる。

反対に、当該特許はあったらうれしいが、無くても事業遂行に決定的な支障はでない、という場合は、価格が下がる。

その意味で、一般論だが、知的財産の価値がそのまま事業に直結しやすい医薬品事業などは価格が高いだろう。

例えば、副作用なしでガンを完全に押さえ込める画期的な薬ができた日には、いくら払っても欲しい、ということになる。

反対に、エレクトロニクス産業は、一つの製品が、様々な特許の寄せ集めで構成されており、クロスライセンスなども日常茶飯事化している。

一つ一つの特許に、高額なライセンス料を払っていたら、最終製品価格が途方もないものになるから、自ずと上限は決まってくるのだ。

ただし、もちろんエレクトロニクスでも、例外はある。

前例ない技術で、全く新しい大市場を独占的に築けるようなブレイクスルー型の技術であれば、エレキ分野といえども、高い評価がつくことは疑いない。

その典型例が、青色発光ダイオードだ。

技術的にも20世紀中の開発は不可能と言われた難技術だったが、加えて、光の三原色の欠けた最後のピースを埋めることで、爆発的な用途を生み出した。

これが完全に大学の研究室でできていたら、今頃その大学は、特許料で左うちわ状態だったろう。(続く)

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不実施補償(共同研究の成果帰属④)

(1月26日より承前)

大学が特許等発明の実施機関とはならない(なれない)ことから、共同発明先(共有権者)の企業が、実質的に当該特許の独占状態を作り出せる。

これに対して、大学が補償を求めるのが、不実施補償であった。

しかし、この不実施補償、企業にはすこぶる評判が悪い。

独占ライセンスを求めているわけではないのに、どうして不実施補償をしなければならないのか、というのが、企業側の論理だ。

更に言えば、建前としては、大学がその特許を第三者にライセンスしようがしまいが、それは本質ではない。

あくまで、企業が独占ラインセンスを求めるかどうか-という意志の問題と見ているようだ。

他方、大学側は特許使用の「実質的な」独占状態を問題にするから、これはで話があわない。

かくて、落としどころを模索する過程で、いろいろな笑える話も出てくる。

例えば、企業の担当者からすると、「不実施補償」なる言葉が悪くて、社内の稟議を通せない。

だから別の名目、例えば共同開発費に上乗せするとか、寄付金にするとか、であれば、社内の了解を取れる-という例もあると、聞いたことがある。
(ただし寄付金を対価として使うことは、寄付という本来の性格を否定することになるので薦められない-筆者注)

ともあれ、交渉ごととなれば、お互いの力関係、どちらがそれをより望むのかといった重要性の問題、更には信頼関係や、当該特許以外のノウハウの所在、今後の協力関係、価格なども、考慮の要因にはいってくるだろう。

大学側の立場は一貫しているが、産学の交渉が時にタフになる所以である。




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不実施補償(共同研究の成果帰属③)

(1月24日より承前)

さて、特許法における共有特許の扱いをまとめておくと、次のようになる。

①特許を自分で実施するにあたっては、他の共有権者の同意を必要としない。

②特許を第三者にライセンスないし譲渡するには、他の共有権者の同意を必要とする。

①に関していうと、前日のブログで述べたとおり、企業はその特許を自分で実施できるが、大学は(そもそも事業主体ではなく研究機関、教育機関なのであるから)自分で特許を使って、商売をやるようにはなっていない。

つまり、①の観点からみると、企業・大学という共有権者のうち、企業だけが利益回収できる(可能性がある)のであった。

大学は蚊帳の外である。

であれば、大学としては、第三者に特許をライセンスして回収したい、と考える。

ところが、これも簡単にはできない相談で、②の条項が引っかかってくる。

すなわち、共有権を持つ企業の同意を得ないと、第三者へのライセンスはできないのだった。

当然、共有権を持つ企業としては、自社だけで特許を使用したいわけで、大学から第三者へのライセンスを拒否できるのだ。

よって、大学は、第三者へのライセンスや譲渡も不可能となり、やはり資金回収できない。

すなわち、大学から見ると、共有企業は、実質的に独占的な特許使用を行いながら、大学には一円も還元していないことになる。

それもこれも大学が特許の「不実施機関」であることから来ているわけで、仮に民間企業同士が共有特許を持ちあっているとしたら、こんな事態にはならない可能性が高い。

民間同士の持ち合いなら、おそらく、お互いに権利「実施者」としてのパワーを、前面に押し出してくるだろう。

こうしたことが背景となり、大学は、「不実施」による共有企業の「実質独占ライセンス状態」に対して、金銭的対価を求めることになる。

つまり①に戻って、企業が自社で特許を実施する場合にも、有償にしてほしい、ということだ。

これが「不実施補償」である。(続く)

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不実施補償(共同研究の成果帰属②)

共同研究の成果配分で、最大の焦点の一つになるのが、不実施補償である。

これは、産と学の違いが明確に出るところだ。

少し説明してみたい。

共同研究の結果、生み出された特許が、大学と企業の共有になったとする。

このとき、両者ともに、その特許を使って、自分で事業展開を図る権利を持つことになる。

その特許を自ら使う限り、もう片方の共有者に、特許料を払う必要はない。

これが共有特許のポイントだ。

ところが、大学は、企業と違って、実際に事業を行う主体とはなりえない。

大学は、「不実施」機関なのである。

すると、企業だけが、一方的にその特許を使って自由に事業展開し、利益をあげることができる。

こうして、大学には、配分が回ってこない・・。

それは困るということで、大学が「不実施」機関である以上、企業は実質独占的にその特許を使えるのだから、ある種の独占ライセンス契約とみなして、大学の「不実施」を補償すべきだ、というのが「不実施補償」の考え方である。

しかし、これがなかなか一筋縄ではいかない議論の始まりとなる。(続く)

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共同研究の成果帰属①

(11月30日より承前)

去年の11月から、だいぶ期間が空いてしまった(この間のブログは活動報告や四方山話も多かった)けれども、再び、産学の「共同研究」を巡るテーマに回帰しよう。

今回は、共同研究の「成果」を誰にどう帰属させるか、ということを考える。

当然、共同研究の成果帰属は、非常に重要な事前の取り決め事項の一つである。

契約内容によって、その後の研究にかけるモチベーションやら体制やらが影響を受けるので、大変重要な取り決め項目だ。

まず、共同研究の成果は、主に発明が誰に帰属するか、それを誰がどう使っていくか、回収された資金がどう分配されるのか、といったところにポイントがある。

注意しておかなければならないことは、たとえば「発明者」とは、本当に発明した人のことを指す、ということだ。

お金をだして研究のスポンサーをやったからといって、企業が発明者になれるわけではない。

その意味で、大学は発明者主義を標榜している。

大学内で行われた発明は、大学の研究者が主をなしている以上、まずは一義的に大学に帰属するとの立場だ。

逆に言えば、企業側の研究者が、本当にその発明に寄与しているなら、その寄与度に応じて、持分を取れることになる。

企業によっては、「面倒だから持分は50:50にしましょう」というところもあるがそれは大学側には通らない。

あくまで、発明寄与度という実態を反映した比率にする、ということだ。

その上で、当初設定された優先交渉の期間に、ライセンスの中身(独占・非独占やライセンス料)の交渉が始まっていく。(続く)


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ビジネスプランについて

2004年の国立大学法人化を機に、様々な学内向けの産学連携に関するセミナーが打たれてきた。

中でも、もっとも頻度が多かったテーマの一つが、ビジネスプランの書き方だったように思う。

大学技術を応用した大学発ベンチャーなどを作っていく上で、まず最初に必要になるのがビジネスプランだった。

あるいは、実際にベンチャーを立ち上げないまでも、研究内容がどのように社会で商品化・サービス化されるのかを考える際、やはりビジネスプランを作っておくと、その技術のポテンシャルがはっきりする。

トヨタの生産システムに端を発する「見える化」というのが、今、工場ではやっているけれども、研究や技術に関しても、ビジネスプランを使うことで、可視化が図れるのだ。

それで、産学連携本部なども、ビジネスプラン作りの啓蒙に努めているわけだし、さんざんやったような気もするのだが、しかし必要なところにはなかなか届いていかない。

最近会ったベンチャーの社長も、技術者で、大学で研究など行っていた経験もあるのだが、やはりビジネスプランというものとは縁が無かった、と言っていた。

「継続は力なり」ということわざにもあるとおり、このテーマのセミナーはもう人が集まらない、と諦めるのではなく、地道な努力を続けることが大事かもしれない。




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最近の研究予算について

先日は、たまたま別な大学の産学連携本部の方と情報交換する機会があった。

話はご多分に漏れず、研究室から実際の産業界に出していくのがいかに難しいか、ということである。

のみならず、この困難さは、研究予算の獲得にも影を落としつつあるのだ。

筆者も、一昨年、昨年と、政府系機関の技術開発プロジェクトの審査員を勤めさせてもらったが、昨今では、研究終了と同時に実際に市場投入されるような成果が求められている。

プロトタイプ技術を作りっぱなしで、あとは論文を書く・・というだけでは、予算も取りにくくなっているのだ。

そこで、民間企業と組んでコンソーシアムで予算申請するわけだが、それでもユーザー・ニーズにはなかなか届かない。

おそらくは、組む相手として、共同開発を行うメーカーだけでなく、その技術を使う潜在ユーザーにも入ってもらう、といった工夫が必要になるのだろう。

その辺の配慮が、まだまだコンソーシアムでも弱い、というのが全体的な印象だ。

今年は、産学連携の取り組みをより市場に近いところに求めていく、というところで、一工夫が必要にると思われる。

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共同研究⑦~秘密保持

11月28日より承前)

前回は、研究成果の公表・特許出願のタイミングについて述べた。

しかし、そもそも研究の情報が途中で漏洩してしまったのでは、成果発表も特許出願もあったものではない。

研究プロセスの途上では、秘密保持が条件である。

そこで一般には、共同研究の契約には、この秘密保持条項が盛り込まれる。

具体的には、そもそも秘密保持の対象となるものは何か(What)と、誰がその秘密情報を持っているのか(Who)を、特定しなければならない。

まず、Whatでは、共同研究のテーマ自体を一切外部に秘密とするのか、記録をつけて秘密情報を特定するのか、といったことを書き込んでおく必要がある。

また、公知の事実、他から適正な手段で取得した情報、研究者たちが共同研究前から知っていた情報などで、秘密情報といえないものを除外するのかどうかも、きちんと決めておくべきだ。

この辺は、大学だから、というとではなく民間同士の共同開発などでも、要求される項目だろう。

次に、秘密情報を受領する人間について。

こちらは大学との共同研究では、特に重要と思われる。

というのも、研究者自身だけでなく、研究室に出入りする様々な人々-アルバイトの学生も含む-もまた情報受領者となりうるのであり、共同研究を打っている民間企業からすると、不安を覚えるケースも無くはない。

従って、学生やアルバイトの取扱については、事前の契約書だけでなく、実務的な管理も必要とされるだろう。

そこで問題はHowに移行する。

たとえば、共同研究の重要書類が、大学の研究者の机の上に散らかっている、あるいは山積みになっている、という事態は避けたい。

第三者(たとえばライバル企業)が偶然研究室を訪ねてきて、たまたま書類を目にしたらどうなるだろうか。

よって、書類の整理・保存・管理にも、神経を配りたいところだ。

こうした点を事前にしっかり取り決め、実行することで、秘密保持を行うことが望ましいと思われる。

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共同研究⑥~成果発表のタイミング

(11月24日から承前)

共同研究で考えておくべき項目の一つに、成果発表のタイミングがある。

共同研究で何らかの発明があった場合、研究者(特に大学側)は、できるだけ早くその成果を発表したいと考える。

一方、企業側は、その発明を特許という形にして、ビジネス上の権利を確保したい、と思う。

その際、問題になるのは、発表が先か、特許が先か、ということだ。

特許の成立要件の一つとして、その発明が「公知の事実ではない」ということが要請されている。

従って、特許出願前に発明を公表してしまうと、特許が降りなくなってしまうのだ。

それなら、特許出願まで対外公表を控えたらいいだろう・・というと、そうもいかない事情がでてきたりする。

以下はある先生から話を聞いた話だが、笑うに笑えない話があったそうだ。

それによると、ある共同研究の成果は、たまたま担当チームのある学生の卒業論文(博士論文?)も兼ねていた。

ところが、企業側が、周辺特許なども一挙に固めるために、成果の特許出願タイミングをもう少し先にしたいと思っている。

かくして、その学生は論文が期限内に出せず、あわや留年かという状況になってきた・・

と、こうした困った問題もあるので、現実には、特許上の救済措置が取られている。

これによると、正規の学会などで公表された新発明は、発表から6ヶ月以内に特許申請すれば、「公知の事実」の例外となる。

加えて、最近では、大学の知財部の体制が整ってきたことや、研究者の特許出願に対する意識が高まってきたことから、以前よりは特許と論文のタイミングを戦略的に考えたり、あるいは発表前に力業で特許出願まで持って行く、ということも行われるようになってきた。

いずれにしても、共同研究を始めるに当たっては、有意な成果が出た場合の特許申請と論文発表のタイミングについて、共通理解を持つことが、ますます重要になってきた、と言えるだろう。

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共同研究⑤~その構成要素vol.2

共同研究では、ヒトと場所に続いて、設備の所有と利用の仕方も、詰めておく必要がある。

対象としては、高額な実験装置や大型のコンピュータ等が、想定されるだろう。

このとき、企業が大学の設備を使って、自社の実験を行っていると、これは大学側から企業側への利益供与とみなされてしまう。

特に、大学発ベンチャーの共同研究のケースは、要注意だ。

出自となった研究室と共同研究する際に、果たしてその研究室の設備で行われている実験は、どちらの研究なのか。

大学側の研究者が、当該ベンチャーの役員・株主などを兼務している場合、研究設備を使って得た成果を企業側に付け替える誘惑すら発生しかねない。

こうした問題を回避するため、線引きは重要と思われる。

設備の稼働時間を、大学と企業で分ける手もあるが(週末やアフターファイブは企業が使用?)、曖昧さはぬぐえない。

やはり、企業側の営利につながる実験は、企業側のラボで行うべきだろう。

というわけで、研究室内の実施設備の利用は、そのまま、この研究の成果は誰に帰属するのか、という問題に直結していくのである。

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共同研究④~その構成要素vol.1

(11月10日より承前)

さて、「共同研究」においては、産と学とがヒト・モノ・カネを出し合うことになる。

当然ながら、どちらがどれだけのものを出したのか、というリソースを明確にしておかなければならない。

まずは、ヒトでいえば、研究者である。

大学側からみると、民間の研究者を受け入れる形が一般的と想定される。

その際、常勤、非常勤、時間や勤務形態などに関して、双方で共通了解をとっておく必要がある。

また、研究場所も重要だ。

研究は、いったいどこで行うのか。

大学の当該研究者の研究室の中で行うのか、あるいは、学内に独自のスペース(研究室)をもらえるのか、はたまた企業の施設で行う(この場合は大学は全体アドバイスや、スペックの一部分を担う)のか、といったことだ。

特に、大学というところは、予算よりも、むしろ研究オフィスのほうが限られていることがままある。

たまたま空いた研究室をどの先生のチームが占有するかで、その先生の政治力が測れる(??)という話もあるほど、スペース争奪戦は大変なのだ。

というわけで、研究の主体(研究者)と現場の確定は、共同研究の大きな構成要素となってくる。

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ノウハウの防衛

先日、あるメーカーの方から、ノウハウ防衛にまつわる話を聞いた。

製造プロセスのイノベーションを特許出願してしまうことは、決して有利とはいえない。

勝手に他社に模倣されても、外部からはうかがい知れず、訴えることができないからだ。

そのため、こうしたプロセスでの発明は、特許としては出願せず、ノウハウとして社外秘にする方針をとっている。

それでは、しばらくして、他社が独力で同じ技術開発を成し遂げ、しかもそれが特許出願されたらどうなるのか。

こちらが特許侵害で訴えられないだろうか。

ということで、そうしたことを防ぐために、同社では、「他社の特許出願より前から、当社はその技術を開発し使っていた」ということを証明する方策を講じている。

すなわち、その技術を文書化・図式化して、封筒にいれ、それを自社宛に投函する。

受け取った封筒は、封を切らずに保管しておく。

日付は郵便の消印で証明されるので、いざとなれば、その技術をいつ発明したか、証拠としてしかるべきところに提出できるのだ。

大手企業は、こうした知財管理をやっているのだけれど、中小企業やベンチャー企業は、なかなかここまで手が回らないだろう。

しかし、今後は特許以上に、ノウハウの価値が重要性を増す時代だ。

ノウハウを守るためにも、こうした手法を取り入れていくことが望まれる。

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共同研究③~知的財産の共有

産学の共同研究を行う際、一部の企業によっては、「共同研究の経費は全部ウチが出すのだから、知的財産(たとえば特許権)はすべて自社のみの保有にしたい(大学側にも渡したくない)」という要望が出ることもある。

ただ、現状、これは通らない可能性が高い。

なんとなれば、大学側の研究者の人件費は、大学が持っているからである。

共同研究においては、仮に大学が直接経費を一円もだしていないとしても、人的能力と労力の拠出があるので、「一切合財」を企業が負担した、とまではみなされないのだ。

それなら先生の人件費も全て企業側が持てばいいではないか、ということだが、それも実際は難しい。

研究者が大学に帰属している以上、大学での教育や研究義務を負っているからだ。

人件費まで企業に出させるとなると、研究者は兼業申請を大学に提出しなければならないし、それによって行った研究が大学責務との利益相反にならないのか、研究が職務発明に該当しないのか、など厳しいチェックを受ける必要がある。

どうしても丸抱えするなら、研究者には大学をやめてもらって、当該企業に再就職するほうが、形的にはすっきりする。

以上のようなことを考え合わせると、共同研究においては、その成果物たる知的財産は、直接経費の負担にかかわらず、大学と企業の共有になるというのが一般的だ。

もちろん、それは単純に50:50の折半を意味するものではない。

特許法上は、やはり本当の発明人の寄与が問われることになるので、実態に即すことが肝要だ。

誰がその発明に寄与したのか、そのウェイトはどれくらいか、は事実に即して産学の両者で確定していかなければならない。

また共有特許は、その使い方、独占性、サブライセンス、などにおいて、ルールに則った取り扱いを要する。

その点はまた頁を改めて論じよう。

 

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共同研究②~共同研究と受託研究

さて、産と学の研究活動とはいっても、「共同研究」という形式もあれば、「受託研究」という形式もある。

厳密な定義は難しいのだが、例えば政府系の調査報告書などの定義を見ると、次のようになっている。

まず、産業界からも予算が提供される点、大学の研究者が当該研究に従事する点、はどちらも同じだ。

違う点としては、産業界から研究者や研究活動が提供される場合を「共同研究」、企業側(とその人員)では開発を行わず、もっぱら大学側でのみ研究がされる場合を「受託研究」、としている。

その意味では、国の予算で行う研究は、(国から共同研究者が来るということは少ないので)おおむね「受託研究」という扱いになる。

さて、産業界の予算で行う研究は、どちらの形式もありうるのだが、東京大学のケースではもっぱら「共同研究」というスタイルが主のようだ。

これは、「受託研究」だと、大学側にとって、やや産業界の下請け的なイメージが強くなるリスクがあること、また、知的財産が資金の拠出者側に帰属するリスクがあること、などが影響しているものと推測される。

実際、東京大学産学連携本部の活動も、「共同研究」をいかに拡大していくか、に集中しており、「受託研究」はまず話題に上らない。

資金だけではなく、研究の能力・労力を相互に拠出しあい、知的財産も共同保有(ただし寄与率などは調整の余地がある)する、というのが、基本理念ということだと思われる。

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共同研究①~現状

産学連携には様々な形態があるが、そのフローの中でも最も川上に位置するのが、共同研究だ。

すなわち、付加価値の大本になる知的財産を、産業界と大学とが協力して作りだそう、というものだ。

ここで得られた成果を、後々、産業界に移転したり、ベンチャー化したりしていくことになる(川下の工程)。

そこで、本ブログでは、これからしばらく共同研究について考えてみたい。

■      ■      ■

まずはじめに、大学と産業界との共同研究の状況をおさらいしてみる。

東京大学の場合、05年度の実績で見ると、民間などとの共同研究資金が41億円で、外部資金受入の11%台を占めている。

他の外部予算は、国や科学技術振興調整費およびその他競争的資金からの受託研究が224億円、寄付金が96億円で、合計では362億円。

この数字をどう捉えるかだが、全体的なウェイトからしても11%という数字は決して大きいといえず、しばらく共同研究が増大する可能性はあるといえるだろう。

実際、共同研究の件数も、7~8年前には200件以下であったが、右肩上がりで増加して、05年度は850件だった。

企業は、失われた10年のリストラの果てに、社内だけではない、外部資源をも活用したR&Dに乗り出している。

大学も国立大学法人化や産学連携の流れ、さらには来るべき少子化時代などもにらんで、外部予算の導入に動いている。

産学双方の期待と希望が合致して、総論としては、共同研究へのニーズは高まりつつあると、言えるだろう。

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産学連携体制の再編

先日、ある弁理士さんと話をした。

地方の大学で、特許申請などを手伝っているのだが、なかなかビジネス向けのいい案件が無くて厳しい、との話だった。

その大学にはTLOもあるのだが、国からの予算で成り立っている状況で、5年の期間が切れると、単独では回らない可能性もあるとのこと。

また、どこかで、知財本部まで含めて、再編も考えられるということだった。

東京大学の場合は、学内側の管理を行う知財本部、出願とライセンス・マーケティングを行うTLOがうまく補完関係にあるが、これも一定の出願数・ライセンス数があればこそ機能するのだろう。

90年代の終わりころから、国家戦略として知財強化を進め、04年には国立大学法人化も行われた。

が、実際の運用がある程度進んでくると、その結果も踏まえた上で、様々な見直しも入ってくるかもしれない。

近い将来、複数の大学において、産学連携体制の再編成が行われる可能性があると思う。

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利益相反ポリシーを読む

(10月6日から承前)

利益相反について、いろいろ書いてきたが、この問題に対する大学の考え方の大枠は、利益相反ポリシーに策定されている。↓

http://www.ducr.u-tokyo.ac.jp/kigyou/rieki.pdf


これを読むと、

・研究成果の社会への還元を進める一方で、利益相反は防止しなければならない。
・そのため、広く産業界や行政、社会にも大学活動への理解を求めたい。

組織的な対応としては、

・全学組織として、利益相反委員会、
・各部局には、利益相反アドバイザリー機関、

を、それぞれ設置して対応する、こととなっている。

更に、これら機関が果たすべき役割としては、
セーフハーバールールやガイドラインの整備、審査、啓蒙などがあげられている。

一言追加しておくと、セーフハーバールールが強調されるのは、研究者の萎縮を防ぐためである。

利益相反を防止しようとすると、とかく「あれはするな」「これはするな」の規則集になってしまうリスクがあって、それでは、研究者は最初から産学連携などやる気がなくなってしまう。

したがって、「べからず集」ではなく、あたかも船が安全な港に着くかのように、「この手続きに従ってくれれば、安全に産学連携ができますよ」というセーフハーバールールを整備することが重要なのだ。

利益相反ポリシーは、こうしたバランス感覚の上に成り立っていると、言えるだろう。

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産学連携協議会

最近、東京大学と接点がない企業の方々を訪問すると、もう少し大学の情報が手に入るような機会が無いものか、と尋ねられることが多い。

実際、東大のOBの方で、ベンチャーなど起こされている人でも、産学連携テーマでは、全然接点が無かったりする(自分のゼミとのつながりはあるのだろうけれども)。

というわけで、その際、お薦めしているのが、東京大学産学連携協議会への入会だ。

産学連携に興味を持つ民間企業を組織したもので、入会すると、手っ取り早く、いろいろな学内活動・イベントなどの連絡を、定期的に受け取ることもできる。

意見交換や分科会などのイベントもある。

入会料は無料とのこと。

今は大手企業の参加が中心だけれど、もう少しベンチャー企業なども増えてもいいのかもしれない。

詳細は↓

http://www.ducr.u-tokyo.ac.jp/kyogikai/images/panfu.pdf


(あと、関係ないですが、試しにグーグル・ガジェットから、NASAの写真をはりつけてみました↓)

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ものづくりの真理

東京大学で「ロボット新世紀」という公開講座が開かれている。

いくつか講義を聴いているが、その中から、経済学研究科の和田一夫先生の講演が、印象に残ったので、ご紹介。

内容は、フォード生産システムについての定説を打ち破るお話で、大変感銘を受けた。

ヘンリー・フォードによる、T型フォードの生産が、近代的な大量生産方式の嚆矢だったということは、よく知られている。

一般には、ベルト・コンベアによる流れ作業こそが、その最大の鍵であった、と理解されている。

ところが、調べてみると、この定説は疑問だらけ。

ベルト・コンベアを入れる前から、既にフォードの生産性は劇的に上がっていた。

また、最盛期でも、複数あるフォードの工場の大半には、ベルト・コンベアが入っていなかった。

つまり、流れ作業が生産性向上の秘密だというのは、間違いだったのである。

それでは生産性向上の本当の理由は何か。

実は、標準化による部品の精度・信頼性の向上だったのだ。

これがあれば、生産ラインの途中や後工程での作り直しがなくなって、やすりも万力も余分な人員も、全部不要となったのだった。

部品の品質を信頼できるなら、据え置き生産でも、流れ生産でも、生産性はあるレベルをクリアできるということだ。

昨日取り上げた藤本先生のものづくり論ではないけれど、標準化と構成要素(部品など)の信頼性のアップ、そして現場の絶えざる創意工夫こそが、生産性の鍵だった。

ことほどさように、定説は我々の眼を曇らせることもある。

真理は大きなキャッチフレーズよりも、小さいことの積み重ねの内に宿っているということか。

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ものづくりの思想

おとといぐらいから、当ブログ(ココログ)は通常メンテナンスとダウンで、復旧に時間がかかり、なかなか更新できなかった。

という話をIT系の方にしたところ、「ココログはまだましですよ。加入者がより多い某ブログサイトは、もっと頻繁に落ちます」といわれてしまった。

以下の話ではないが、Webサービスも、まだ基本品質がなかなか追いつかないというところか。

もっとも無料サービスが多い(広告をはってはいるけれども)から、文句を言えないという意見もあるのだが。

■      ■      ■

さて、先週の金曜日に、経済学研究科・ものづくり経営研究センターの藤本隆宏先生の講演を聴いた。

リーン生産方式(代表例がトヨタ生産方式)の研究で、国際的にも大変著名な方である。

講演は、東京大学産学連携協議会が主催した第7回科学技術交流フォーラム「価値を共創するサービスモデリング」で行われた。

お話の中身は、日本の生産現場で培われた手法を、いかに異分野に応用していくか、というところにあった。

日本の製造業は、現場でムリ・ムダ・ムラを取り除き、設計情報をスムーズに伝達する組織を作り上げた。

特に米国が得意とするモジュール型ではなく、すりあわせ型の製品においては、この日本の方式が威力を発揮している。

その手法は、小売業でも、飲食業でも、建設業でも応用可能である。

 製造業は設計情報を製品という媒体に転写し、サービス業では見えないもの(顧客に対してダイレクトに)に転写するという違いはあるが、「仮説を立てて流れを作る」という一点においては、共通するところが多いのだという。

例えば、イトーヨーカ堂。

本社の指示に従うだけではなく、現場が自発的に情報を整理して工夫をこらす仕組みを小売業に応用している。

現場のパートの人たちに売り場変更の権限を持たせ、暑ければアイスクリーム、運動会があればおにぎり、と次々売り場の目玉商品を変更している。

イトーヨーカ堂の例に限らず、今後は、工場生産現場の経験をもつ団塊世代を、別な産業の指導・育成の場に展開すべく、努力されているとのこと。

ともすると、日本のものづくり力の低下やサービス産業の生産性の低さ(IT産業ですら、そうだ)が嘆かれる昨今、日本が作り上げたリーン生産の思想は、さらに今日的な意義を増していくように感じられたのだった。

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ヘルスケア・チップ

ここのところ、東京大学で何人かの先生方の講演を聴く機会があったので、今週のブログは、少しその紹介(さわりだけだが)にあててみたい。

最初は、東京大学大学院工学系研究科の高井まどか先生。

筆者も前職時代に関わった共同研究プロジェクト(「50年後の未来」)で、大変お世話になっている。

今回は、NPO法人「科学知総合研究所」(通称SKIL)の主催で、診断用のヘルスケアチップのお話を伺った。

さて、今後高齢化が進むと、医療費の高騰が予想される。

それを防ぐ一つの方法が、在宅予防である。

家にいながら、健康診断ができれば、いわゆる生活習慣病-糖尿病や腎臓病、肝臓病等-の進行状況をリアルタイムに補足して、それらが悪化する前に治療が可能となるのだ。

ということで、高井先生は、在宅で健康診断できるヘルスケアチップの開発に、取り組んでおられるとのこと。

開発技術としては、採血の負担を最小化するための無痛針の開発、多項目の診断が可能なバイオセンサーやチップの基盤づくりが、肝になる。

また継続的・定期的に使うことを考えると、コストダウンも避けては通れないところで、1個100円ぐらいになれば顧客側の経済的負担もなくなるが、それにはまだまだハードルは高いとのことだった。

まずは在宅の前に医療機関での使用に耐えうるように、開発を進めている。

将来の日本に必要な技術なので、ぜひ頑張っていただいて、実用化してほしいところである。

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利益相反⑧

産学連携における利益相反は、研究者個人が独力でこれを回避しようとすると、多大の労力を要する。

個人レベルでは、リスクの所在を詳細に分析する時間も手間も、かけている余裕はない。

そこで、大学が組織として研究者を守り、もって産学連携に萎縮することのないよう支援を行う、というのが、大学の利益相反問題に対するスタンスだ。

ただ、そのためには、研究者が大学の定めたルールや手続きに則ること、また、必要な情報をタイムリーに大学側に伝達すること、が前提になる。

以前は、「大学に相談すると、うるさいから・・」ということで、研究者個人と企業が自分たちで何でも決めてしまう、というようなことがたびたびあったようだ。

しかし、これでは、いったん何かあったときに、大学組織は研究者を守れないし、守らない。

研究者は、自分の都合を優先した結果、個人でリスクを負うことになってしまうのだ。

従って、産業界はこの辺の事情を踏まえた上で、共同研究者に対して「学内手続きをきちんと踏んでいるかどうか、組織的バックアップを受けているかどうか」をしつこく確認することが、肝要だ。

企業は、往々にして、研究者個人との信頼関係だけで研究や仕事を進めているかのように思い込むが、その研究者がコンプライアンス対応を含めて、大学の組織的支援を受けている状態にある、ということは、きわめて重要なのである。

後になって発明の経緯に何らかの疑義が生じて特許が無効になるとか、あるいは技術移転が利益供与とみなされて、企業のブランドや株価に甚大な影響が出ないとも限らない。

そのため、産業界は、大学の利益相反に関する問題意識を研ぎ澄まし、それらの防止ルールやプロセスに関わる理解を深めていかなければならない。

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利益相反⑦

産学連携に関わる三つ目の利益相反は、「大学の公共性・社会性と、利益追求の相反」である。

大学には公共機関としての立場があるが、そこに産学連携が喧伝されると、大学の利益追求という相容れない側面が発生するように思ってしまう。

しかし、産学連携は、あくまで公共性を担保した上に付け加えられるべきものだ。

従って、ここでも、利益相反を回避しながら、両者が両立するような形を追及しなければならない。

具体例としては、知的財産の取扱いなどがある。

公共性の立場から大学の発明は広く世の中に使ってもらいたいのだが、これは、知的財産を用いた大学への利益還元を求める、という立場と矛盾する可能性がある。

数学のカーマーカー法特許や、米国ベンチャーのヒトゲノムそのものを特許化しようとした事例など、行き過ぎた知財の確保は、往々にして非難を浴びてきた。

そこで、発明の事実や権利は確保するとしても、それをどのように使っていくかは、ケースバイケースで、バランスを見ながら判断することが望ましい。

一つには、特許で保護したほうが、ライセンス先の企業にも安心感を与え、結果その企業の努力で技術が普及するという事例もある。

逆に、オープン・ソフトウェアのように、著作権は確保しても、自由ライセンスで幅広く世の中に普及してもらいたいという技術もあるだろう。

今後は、どのようなケースにおいて、フリー、オープンに社会還元を行うべきか、はたまたライセンス付与を重視していくべきか、の判断事例を蓄積していくことが、必要になるものと思われる。

 

■       ■      ■

以上述べてきた様々な利益相反に対して、大学は、産学連携の位置づけ、利益相反ポリシーの策定、セーフハーバールールの作成、情報開示、各種窓口やアドバイザリー機能の強化など、一連の施策を進めつつあり、次回以降はその様子を見ていくことにしよう。

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利益相反⑥

(10月3日から承前)

産学連携に関わる二つ目の利益相反は、「大学組織と個人の利益相反」である。

研究者が、大学の組織人としての立場を使って、個人的利得を得るような何らかの「利益供与」を、企業や自身に行う、というものだ。

具体的には、大学の研究設備を無償で企業に提供する、大学で開発した発明を企業名義に付け替える、当該企業に対して優遇的な売買取引を行う、など様々な形の「利益供与」が想定される。

その上で、研究者は、当該企業から、取引の対価や株式の値上がり益という形で、個人的利益を回収する。

研究者の立場と企業の立場を両方持っていれば、ポケットの右から左に移すかのように、様々な利益・便益の付けかえが、可能なのだ。

実のところ、この点のリスクが産業界に徹底されているかというと、はなはだ心もとない。

ほんの23年前だが、ある企業が共同研究を行うと称して、「大学の資産である研究設備(実験施設やコンピュータなど)を、もっと自由に使わせてほしい。そんなこともできないから大学は駄目なのだ」と言っていたのを、聞いたことがある。

もちろん、これは、利益相反のリスクに照らしてご法度だろう。

すなわち、研究者が兼業や投資を行う場合、そのことと、研究設備、知的資産、時間や労力といった大学側に帰属するリソースとの切り分けを、きちんと行うことが必須である。

設備の利用や学生の活用、知的資産の取扱いなど、研究者自身が裁量権を持つことは多く、大学人として期待される活動と、企業活動は分けて考えなければならない。

不透明な取引は、「李下に冠を正さず」ではないが、それだけで何らかの利益の移転があったのではないか、という誤解を招きかねない。

そこで近年、こうした問題に対応するため、大学はルール整備やマニュアル作り、事例の蓄積を進め、相談窓口なども充実を図っている。

共同研究などにあたっては、利益相反防止のため、制度の理解や早めの相談など、先手先手を打っていくことが望まれるだろう。

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利益相反⑤

(9月22日より承前)

産学連携において、発生しそうな固有の利益相反とは何だろうか。

「利益相反ワーキング・グループ」の報告書(科学技術・学術審議会)は、利益相反を、責務相反、個人の利益相反、大学組織の利益相反に、まとめている。

それぞれについて、見ていこう。

■     ■     ■ 

まず、「債務相反」だが、これは、研究者が、大学の職務遂行と兼業先(企業)での職務遂行を、両立できない状況を想定している。

具体的には、企業活動の方が忙しすぎて、大学の研究や教育(授業など)に支障が出る場合がある。 

休講が増えたり、あるいは研究そのものに時間が取れない、という状況だ。

反対に、大学での仕事をエクスキューズにして、企業と契約した責務を全く履行しない、という場合もあるだろう。 

実際、多くの研究者が産学連携に二の足を踏む理由の一つは、企業側との契約のせいで、自己の研究や教育活動に支障がでることを恐れるから、ということがある。

これはこれで、責務相反リスクを事前に回避しているという見方もできるわけで、ある意味健全な判断ではある。

ただし、全ての研究者がこうした行動をとると、産学連携の機会損失は極大化してしまう。

したがって、債務相反に関しては、兼業先の業務について「何を、いつまで、どれくらいの労力でやるのか」という事前のプランニング、およびしっかりしたプロジェクト・マネジメントが重要になってくる。

その支援策として、例えば、東京大学では、「Proprius21」という、「共同研究を始める前のプランニング制度」を設けている。

これは、企業からプランニング担当者が来て、一定期間(例えば三ヶ月とか)研究者と話し合いながら、研究の目的や体制、取り組み方、時間とスケジュールなどを詳細設計するものである。

大学の研究者も、こうした制度をうまく活用して、債務相反のリスクが拡大しないよう、余力を持ったプランニングを行うことが望まれるのだ。


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米国特許、先発明主義から先願主義に転換

米国が、特許の扱いに関して、「先発明主義」から「先願主義」に転換する、と報道されている。(9月26日の日本経済新聞朝刊一面)

http://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/20060926AT2M2500X25092006.html

確かに、これは画期的なことではある。

日本や欧州では、先に出願した方に特許を与える「先願主義」であったが、米国は誰が先にその発明をしたのかを特定して特許を与える「先発明主義」であった。

特許を認める基準に世界標準がなく、米国vs日欧に分断されていたため、これまでも様々な悲喜こもごもがあった。

よくステルス特許などともいわれたが、日本で出した特許で世界事業を展開していたところ、ある日突然米国から、「その特許はもっと前にうちが発明していたんだぞ・・」というレターが届くというのは、よく聞く話だ。

そうした産業界の一般論だけでなく、筆者の経験からしても、国立大学の特許出願というところで、米国との違いを痛感したことがある。

それは、国立大学法人化前、大学特許出願の費用をどう工面するか、という議論をしていた時である。

「先願主義」の日本では、特許の権利を確実なものにするには、一刻も早く出願しなければならない。

しかし、特許をとったからといって、ライセンスや事業化でリターンが出る特許などごくごく一部にすぎない。

かくて、企業がその発明をほしがるかどうか事前にマーケティングするのが一番効率がいいということになるのだが、そうすると、今度は情報が漏れて、他社に抜け駆けで出願される恐れが出てくる・・。

といって、研究者からあがってくる全ての特許出願依頼を、回収の見込みも無く応じていたら、出願費用がいくらあっても足りない・・というので、堂々巡りになった。

そこで、米国ではどうしているのかと調べると、これが「先発明主義」なのであった。

すなわち、発明ノートを完備して、発明の記録(日付)をきちんと残しておけば、あわてて特許出願しなくてもよい。

企業が本当にライセンスをほしがるかどうか、事前にマーケティングをかけて、行けそうな発明だけ、出願する。

事前の選別により、出願の費用は抑えられる。

・・ということで、日本の国立大学は今後どうしたらいいのか、大変苦慮したことがあった。

幸い、国立大学法人化を契機に、大学特許の出願料には優遇措置が施されたので、現時点では、負担は軽いものになっている。

むしろ記事が本当なら、米国の大学や企業は、「先願主義」への対応を迫られるだろう。

「先願主義」に手馴れた日本の機関にとっては良い話だし、このチャンスをこそうまく活かしてほしいと思う。

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利益相反④

(9月15日から承前) さて、利益相反の可能性を最初からゼロにしようとすると、そもそも何もやらないほうが良い、ということになりかねない。

それでは、有用な活動を営む機会自体を、失うことになってしまう。

利益相反は、理念としては回避すべきものだが、実務の現場では、黒と白の二分法で完全に線引きできるケースだけとは限らない。

また、利益相反は、全ての行為が、法律に抵触するというわけでもない。

(取締役の忠実義務のように)法的に規定されているものもないわけではないが、それよりも、お互いの「信用」や「名声」を用いて歯止めをかけることが現実的だ。

利益相反の可能性は排除できないにせよ、その可能性が顧客や取引先などの関係者に周知徹底されていれば、信用の毀損は回避できる。

この場合、顧客や取引先は、相手の利益相反リスクを事前に織り込んで、行動できるからだ。

この場合、前提となるのは情報の公開と透明性の確保だ。

「隠れて利得が追求できる」状況を作らないことである。

利益相反の可能性がどこに発生し、その状況でなぜそのような行動をとったかを、関係者に説明できることが大事だ。

当然、基本的な考え方を作成し開示しておくこと、手続きのルール化、利益相反の可能性がある行動に対してのセーフ・ハーバー・ルール整備、内部の監査、定期的および迅速な情報開示など、が求められる。

畢竟、透明性や説明力(アカウンタビリティ)を高めることが、利益相反問題を解決する最も有効な方法なのである。

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利益相反③

産学連携における利益相反を考えるにあたって、参考となるのは、私企業内部での利益相反問題だ。

典型例は、企業の取締役である。

取締役は、その企業の業務や利益拡大に貢献しなければならない立場だが、しかし一方で、特権的・優越的立場を利用して、個人利得を追求することも不可能ではない。

例えば、取締役個人あるいはその関連する会社が、当該企業と有利な取引をすることによって、個人に利益を移転しうる。

もちろん、そんなことをされたら、企業の関係者(株主や従業員)はたまったものではない。

従って、そうした事態を防ぐために会社法は、取締役に忠実義務を課している。

会社の犠牲の上で、自己の利益追求はできないのだ(やれば法律に違反してまう)。

大学内部に目を転じても、例えば、予算の私的流用などは、厳しくチェックされる。

これも、公的な資金と自己利得の追求という、利益相反防止がねらいだ。

このように、従来でも、産も学のそれぞれの組織内において、利益相反の可能性はあった。

そして更に今回は、産と学の連携という、両組織のはさまで利益相反が問われることとなってきた。

産学の利益相反をいかに回避するのか、そのルールと体制が問われているのである。

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利益相反②

利益相反とは何だろうか。

簡単に言えば、一人の人物ないし組織が、二つの相反する立場におかれていること、しかも、そのうち一方の立場を犠牲にすることで、もう一方の特定の利益を追求することが可能だという状況である。

もとより最初から一方の立場にのみ依拠するということで、旗幟が鮮明になっていれば、利益相反問題は生じない。

しかし、異なる顧客の間に立つ、公的責任と私欲の追求にはさまれる、といった複数の立場に立つと、利益相反の可能性が生じてくる。

例えば、A社がB 社を買収するというM&Aを考えてみよう。

ここに両方から信頼を得ているCという仲介者がいたとする。

しかし、A社はどうしてもB社を買いたいと思っているのに、B社は買収されたくないと、考えていたら、どうだろう。

あるいはB社が同意したとしても価格は高く売りたい、一方のA社はできるだけ安く買いたい、とそれぞれが考えていると、これも相容れない。

あちらを立てればこちらが立たずで、Cにどのような仲介手段が残されているだろうか。

この話は空論ではない。実は、つい数年前まで、日本企業の間のM&Aを仲介した銀行や証券会社は、この仲介者Cの立場をとることが、多々あったのだ。

仲介者Cは、両方の会社のメインバンクをやっている、とか、あるいは両方の会社の主幹事を務めているということで、両者から信頼を得る立場にあったのだ。

かくして、Cが落としどころを考えて、A社もB社も「Cさんがそこまで言うなら」ということで、シャンシャンと手を売ったのである。

ところが、最近のライブドアとフジテレビ(ニッポン放送)、楽天とTBS、王子製紙と北越製紙、などに見られるように、「食うか食われるか」の世界が出現すると、銀行や証券といえども、中立的な仲裁など、もはや不可能だ。

結果は、銀行も証券もどちらの側に立つのか最初からはっきりさせる、一方の代理人となってその顧客の利益最大化を目指す、ということになった。

M&Aの世界において、仲介型は消滅し、代理人型が主流になったのである。

まさに今日、M&Aなどにおいても、利益相反問題は無視しえないところまで拡大し、それが様式を決定する時代に入ったのである。

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利益相反①

産学連携において、大きなテーマの一つとなるのが、利益相反問題だ。

一般に、産と学の連携は、社会に対する新しい価値の創出と提案という大目標において、成り立ちうる。

 しかしながら、それを達成するプロセスにおいて、産業界は利潤追求、大学は学問の探求と、それぞれ異なる動機付けを持っている。

それゆえ、両者を引き離すベクトルが働いていることには、注意が必要だ。

それが端的に噴出するのが、利益相反の状況である。

大学の公共性と私企業の利益追求、大学研究者の職責と個人利得の追求、など、産学連携においては、様々な利益相反状況が見こまれる。

利益相反への対応を誤ると、産学連携の理念をも台無しにしかねない。

更に、この問題で研究者が大きなリスクを感じてしまうと、そもそも産学連携に最初からブレーキがかかってしまう。

したがって、今私たちに求められているのは、産学連携を進めつつ、利益相反という副作用をうまく押さえ込むことである。

利益相反をマネージし、適切にコントロールすることが、求められている所以である。

次回からその基本的な考え方を探っていく。

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大学発ベンチャー設立数1,500社

昨日、週刊東洋経済の大学発ベンチャーに関する記事を紹介したので、今日はそのネタもとになった経産省の資料を紹介する。

「平成17年度大学発ベンチャーに関する基礎調査~大学発ベンチャーが1,500社を突破」、が、それだ。

http://www.meti.go.jp/press/20060529003/kiso,chousa-set.pdf

前にも書いた通り、何をもって大学発ベンチャーとするか定義が曖昧なので、1,500社という数字に厳密性は無い。

従って、それなりに有意な活動が行われているということ、また数字が前年の1,162社からアップしているので、(前年の数え漏れもあるものとは思われるが)活発な活動が行われていることだけは、確かだろう。

もっとも、先日会った新規公開したばかりのあるベンチャーの社長は、「起業はある意味簡単だけれども、事業成長していくのは容易ではない。大学発ベンチャー1,500社の大半は、大変なことになるのでは」と危惧していた。

実際、すべての大学発ベンチャーが株式公開を目指しているわけではなく、研究者の対外コンサルティング活動や、外部からの受託話の受け皿として発足しているケースなども多い。

つぶれると困るが、現状維持で事業が回ればよい、というところもあるのだ。

もちろん、もっと大きく社会に打って出ようという会社もある。

その場合は、人材も資金も大型投資していくわけで、リスクは高くなるから、結果が出ないケースや、派手に失敗するケースも含まれてくるだろう。

こうした事象は、マクロ的にみれば確率論で捉えられる。

だから、社会的に大学発ベンチャーが成功するかどうかは、母集団が大きいほど有利になってくる。

その意味で、数の絶対的な底上げは必須なのである。

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特許と論文

職務発明としての認定や、研究成果の特許出願の奨励など、大学を取り巻く雰囲気も以前とは少しずつ変わってきた。

背景には、産学連携への取り組みや知財サポートの仕組みが、整ってきたことがある。

そこで、「研究」と「産学連携」との関係で注意したいのが、「論文」と「特許」の関係だ。

「研究」の成果は、学会誌などに「論文」として発表されるが、他方、「産学連携」の典型例としては「特許」出願がある。

このそれぞれが個別、独自に推進できるなら問題ないのだが、そうはいかない。

すなわち、先に「論文」発表してしまうと、それによって新発明が「公知の事実」となってしまい、後から「特許」を出願しても、拒否される可能性が高くなってしまう。

更にいえば、論文どころか、先に学会や公の場所でレジメを発表しただけで、その後の特許出願が受理されない可能性も大きい。

これまた「公知の事実」と見なされてしまうためである。

これは研究者の先生方にとっては、結構やっかいな問題だ。

企業の研究者ならまずは特許・・となるのだが、大学研究者にとっては、キャリアパスからいっても、よい論文を発表することがプライオリティだ。

一応、国は、「特許庁長官が指定する学術団体が開催する研究集会」(学会などのことだ)において先行発表された成果については、それから6ヶ月以内に特許を申請すれば受理される、という救済策を打ち出している。

学会発表、即、特許不可というわけではない。

しかし、これとても、第三者がこの発表を聞いて、似たような発明や応用発明を抜け駆けで特許申請しないとも限らない・・

かくして、産学連携推進、研究者のための知財取扱支援策の整備、というの流れの中で、論文発表と特許出願の手順を間違えないことが、ますます重要になっている。

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ガウス賞、伊藤のレンマ、オプション理論

今日のニュースを見ていたら、伊藤清京大名誉教授に、数学分野の新設された第一回ガウス賞が送られるとのこと。

http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20060822it13.htm

受賞理由は、確率微分方程式を確立したこと。

この方程式は、金融工学分野のブラック・ショールズ式に応用され、実社会の投資行動を説明する強力なツールになりうることが証明された。

ストック・オプションの価格付けにしても、ポートフォリオの構築にしても、はてはヘッジ・ファンドの運用にも、幅広く利用されている。

この功績で、ブラック・ショールズ式の考案者たちは、ノーベル経済学賞を受けとった。

が、その公式の数学的核心はといえば、ほとんど「伊藤のレンマ」の引き写しだった。

その意味で、今回、本家の日本人の先生が受賞なさったということで、少しは溜飲が下がった感じもする。

■     ■     ■

とはいえ、この数学そのものは難解だから、筆者がこれを厳密に理解しているわけではない。

あえてオプション価格理論(ブラック・ショールズ式)との絡みでイメージ的に説明すれば、将来の資産価格(例えば株価等)の予測はあきらめ、代わりに視点を資産価格のボラティリティ(変動幅)に移したところが画期的なのだろうと思う。

ボラティリティが高まれば、大きな利益を得る可能性、あるいは大きな損失を被る可能性が高まる。

ところが、オプションはその特性からいって、資産価格が下振れしたときにはオプションを行使しないという選択をとりうるので、これによって損失を限定することができるのだ。

ここから確率的に潜在的な利益を上げる可能性が導かれ、オプション価格が導出される。

■     ■     ■

この式は、発表からすでに64年も経っている。

社会的なインパクトが認められるまで40年あまりもかかった。

以前、本ブログで、大学が大学発ベンチャーなどからストック・オプションを取得することも可能になった、という話を書いたが、そのオプションの価格を導くのも、この「伊藤のレンマ」が使われる。

いまや意識するしないを別にして、同式は、社会に大きく浸透している。

突出して優れた学問的業績は、一般社会が追いつくのに、長い時間を要するという見本だろう。

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いわゆる「国立大学法人」について

知っている人には笑い話のような話だが、今でもたまに、国立大学は「独立行政法人」だと思っている人にぶつかることがある。

もちろん、これは間違いで、正確には、国立大学は「国立大学法人」である。

国立大学の法人格は、「国立大学法人」法によって、きちんと規定されている。 

もっともこうした誤解が生じたのには、根拠がある。

国立大学が「法人」化されたのは2004年4月だが、そのかなり直前の時期まで、大学は「独立行政法人」化される見込み、ということで発表されていた。

実際、マスメディアにもそういう記事がたくさん載っていた。

最終的に、「国立大学法人」という新たな規定が作られたわけだが、これはあまり報道されなかったように記憶している。

当時は国の機関が法人化されるということ自体が、メディアにとって価値があったわけで、その内容が「独立行政法人」なのか「国立大学法人」なのかは、テクニカルな問題として片付けられたような気もする。

しかし、この「国立大学法人」法を見ていると、いろいろ面白い。

たとえば従業員は、公務員ではないのだが、刑法その他の規定では公務員に準じると書いてある。

国立大学の先生は、「みなし公務員」なのだ。

法人化はされたが、公務員としてのいろいろな義務は負う、と理解できる。

産業界が、例えば大学の研究者と共同研究をしようと思えば、研究者がこの枠内で動く、ということを理解しておかなければならない。

産学連携担当者はぜひ法律のご一読を。

http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H15/H15HO112.html

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東京大学アントレプレナープラザ

7月11日に、建設現場の写真を掲げているのだが、本郷キャンパスで、インキュベーション施設の建設が始まっている。

建物の名前は、最初は「東京大学ベンチャープラザ」でプレス・リリースされ、現在は「東京大学アントレプレナープラザ」ということだ(ただし、現状でも仮称)。

東大発ベンチャーに、インキュベーション用のオフィスや実験ラボを提供しようというものだ。

(プレス記事)
http://www.ducr.u-tokyo.ac.jp/press/2005/vp.pdf

公にはなっているのものの、まだあまり知られていないとのことで、確かに新しい名称の方でグーグル検索しても、何も出てこないようだ。

というわけで、少し事実関係を列挙してみる。

場所は本郷キャンパスの南側、7階建ての建物で、30室程度の貸室が可能。(一室58平米)

1階は共用会議室等、2~3階はオフィス、4~7階もオフィスだが実験ラボも置ける。

特に、このラボが売り物になっている。

というのも、都心でバイオ系のベンチャーが入れる施設は少ないから、これは、福音ということだ。

もちろん、IT系だろう材料系だろうと、スタートアップ企業には十分なスペースと思われる。

気になる賃貸料は、はっきり聞いていないが、本郷周辺と同じくらいが想定される。

その意味では、入居は、安いから入る、ということではなく、あくまで東大の研究者や研究室にアクセスしやすい、とか、ラボが使える、とか、いった理由になるのではないか、と思う。

もちろん、大学のキャンパス内にいることで、体外的に信用度が少し上がる、といった効果もあるのかもしれない(ただし、これは正直分からない)。

入居できるのは、たとえば、東大と共同研究しているとか、顧問の指導を受けているとか、ライセンスを使っているとか、あるいはOBが経営の中核になっている(それ以外もあるかもしれないが)、というようなベンチャー企業が対象となるようだ。

TLOも、ベンチャー・ファンドも用意して、来年夏にはインキュベーション施設も完成、ということで、東大に絡んだベンチャーの支援策は、おおどころのメニューが出揃ってくるというところだろうか。

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産学連携の全体像と体系③

(7月5日から承前) 前回述べたように、産業界から見た場合の、東京大学の産学連携のメニューと組織は、

   メニュー                               東大・産学連携本部の組織
① 共同研究          →   産学連携研究推進部
② 知財管理・ライセンス       →   知的財産部
③ 大学発ベンチャー     →   事業化推進部

という対応関係に集約される。

ただし、産学連携本部の役割は、学内側の受け入れ態勢・インフラ整備、という側面が強い。

よって、産業界側に向けたマーケティングや資金の手当てなど、民間側に軸足をおいた活動には、別の組織や仕掛けも用意することとなっている。

例をあげると、②の知財ライセンスでいえば、民間企業の東京大学TLO(旧CASTI)がある。

同社は、東京大学で発明・発見された特許の出願手続きを行い、それらを企業向けにマーケティングしている。

また、③のベンチャー支援では、東京大学エッジ・キャピタルがあり、東大の知財をベースにしたベンチャー企業や、東大出身者が経営するベンチャー企業に、出資を行っている。

さらに、①の共同研究については、別組織を作っているわけではないが、産学連携本部内に共同研究のプランニング制度なども創設されている。

そういうわけで、先ほどの体系を書き直すと、こうなる。

  メニュー            東大・産学連携本部の組織  外部組織
①共同研究     → 産学連携研究推進部 → 各種制度
②知財ライセンス   → 知的財産部       → 東京大学TLO
③大学発ベンチャー→ 事業化推進部     → エッジキャピタル


以上のように、産学連携は、そのメニューと、学内整備組織、対外活動の組織が、おのおの連携をとって動く形が作られている、ということになる。(続く)

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サイエンスとエンジニアリング②

(7月10日より承前) 前回、「サイエンス」の分野では、偶然をつかみ取る能力(セレンディピティーともいわれる)がとても重要だという話をした。

そのため研究者にプレッシャーだけ与えても、事前に予想したとおりにはならないことが多い、という。

それでは、もう一方の「エンジニアリング」は、どうだろうか。

これは、知り合いの研究者が言っていたことだが、「エンジニアリング」の場合は、むしろ「サイエンス」とは正反対だという。

つまり、どんなプレッシャーがあっても必ず期待した成果を出すような、そんな能力が必要になるそうだ。

たとえば、ロケットを打ち上げるというプロジェクトがあれば、必ず打ち上げ予定日までにシステムを完璧に作動させなければならない。

歴史的な事例では、アポロの月着陸は、部品の不良率から計算して、99.9999%の成功確率で実施されたという。

100%はありえないにしても、統計学的に、限りなくそれに近い予見性をもって、プロジェクトを完遂しなければならないのだ。

当然、開発者たちにかかるプレッシャーたるやすさまじいものがあるが、絶対にそれを跳ね除ける力、あるいはセレンディピティーではなく、事前の計画をそのとおりやり遂げる力が要請される。

■      ■      ■

というわけで、「サイエンス」と「エンジニアリング」では、成果の求め方が自ずと異なってくる。

前者は不確実性の中から失敗はありうるにしても大きな成果を、後者は確実性のうちに予期したとおりの成果を求めるものだ。

産業界が大学と連携する、という場合には、この両者を区別して、予算と期限、求める成果、を設計しておかなければならない。

当然、研究者の側の開発に対する目標やインセンティブを、よくよくすり合わせておくことが大事だ。

産業界が絶対確実な成果を、大学など研究機関の研究者が不確実な研究を、志向しているとすると、その共同研究は危ういものになりかねない。

プロジェクトにおいて、それは「サイエンス」なのか「エンジニアリング」なのか、事前のプランニングがきわめて重要になるものと思われる。

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サイエンスとエンジニアリング①

最近、世界中の大学や研究機関で、研究成果のねつ造事件や、資金の使い込みといった問題が起きているようだ。

研究開発の重要性が叫ばれ、より具体的な成果を求められる風潮が強まって、研究者にかかるプレッシャーも、以前より大きくなっているのだろう。

とはいえ、問題解決の切り札として、一律に研究者の監視を強化すればいい、というものでもない。

外部的な牽制は必要ではあるが、現実問題として、それ相応のコストもかかってくる。

なにより、研究の実用化要請が高まることに対して、研究者自身の内発的モラルをいかに維持するかが、問われているのだ。

ある研究者から聞いた話だが、そのために有効なことは、研究開発における「サイエンス」と「エンジニアリング」をきちんと区別することだという。

この二つでは、難易度、研究期間、予算配分、成果の尺度、などが異なる。

従って、研究者にかかるプレッシャーの質も、成果に対する考え方も、本来的には異なってくるようなのだ。

では、両者には、具体的にはどういう違いがあるのだろうか。

■      ■      ■

まずサイエンスをとりあげると、これは基礎的な事象の発見に力を注ぐものだ。

そのフロンティアは、誰も考えたことも無かったテーマを手がける、事前に予期できないような現象を発見する、通説を大きく裏切るような技術を実証する、といたところにある。

しかし、これはある意味、自己矛盾をはらんでいる。

例えば、事前に「予期できないこと」が、どうして事前に「研究計画」として提出され、あるいは事前の「予算申請の対象」となるのか?

一つは、優れた研究者はいろいろな仮説を立て、その面白さやそれが証明されたときの有効性で、計画を提出するということだ。

しかし、画期的成果が出るには、それだけでは足りない。

やはり、予期しなかった運や偶然が、彼方から到来してくれないと大化けしにくい。

我が国のノーベル賞受賞者の事例をみても、白川教授や田中耕一氏の発見は、そもそも間違った配合が、常識破りの発見につながってしまった、と言われる(ただし、その間違いを間違いで終わらせない感度の鋭さやたゆまぬ努力があるのであって、もちろん偶然の行幸だけではない、念のため)。

とにかく、こうしたサイエンスの研究者は、いつ成果が出るのか予期できないことをやっているのであり、運と偶然の女神も必要だ、と言える。

従って、サイエンスにあまり短期的・即物的な成果を要求すると、予見性を高めるために最初からバーを低くした漸進型の研究計画を提出して予算取りに走るか、あるいは、途中のプレッシャーからありもしない成果をでっちあげるか、といった誘惑にかられやすくなる。

優れた研究ほど、予算をつけたからすぐに実用的成果がでるというものでもなく、失敗を大目に見ることも含めて、やはり長期的な粘り強い視点が必要とされるのだ。(続く)

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産学連携の全体像と体系②

(6月28日より承前) 前回、産業界側から見た産学連携のメニューは、おおまかにいって、次の三つに分類できる、という話をした。

再録すると、

 ①共同で研究を行う
 ②(特許等)知的財産のライセンスを受ける
 ③大学発ベンチャーを生み出す、あるいはそれと付き合う


大学のパンフレットには、もっとたくさんのことが書かれているのだが、とりあえず、上記三点で間に合うとした理由は、実のところ、東京大学産学連携本部の組織も、この分類に対応しているからだ。

すなわち、同本部の大きな組織は、
 
 ①産学連携研究推進部 (共同研究の新たな展開)
 ②知的財産部 (知的財産の管理と活用)
 ③事業化推進部 (起業支援・実用化支援)


の三部から成っている。

①、②、③をそれぞれ見比べると、「やるべきこと」vs「対応部署」、が対応していることが分かるだろう。

すなわち、経営史の泰斗アルフレッド・チャンドラーをもじっていえば、「組織は戦略に従う」。

産学連携の具体的行動は上記三本柱に集約されるのであり、それは、組織的な構成からも、裏付けられているのである。


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産学連携の全体像と体系①

本コラムは産学連携について語っているわけだが、今回は、その全体像・体系について、コメントしておきたいと思う。

たとえば、東京大学産学連携本部では、「産学連携活動の基本7事業」というものを、公表している。

ざっと下記のような構成だ。

 ①プラザ事業(産学交流の場の提供)
 ②モデル化事業(産学連携・起業・実用化モデルの開発)
 ③サポート事業(制度的・法的実務環境の整備)
 ④マネジメント事業(知的財産の管理・運営)
 ⑤ガード事業(研究成果・秘密情報の保護)
 ⑥コンサルテーション事業(産学連携相談窓口の設置)
 ⑦ネクスト事業(産学連携推進教育研究プログラム)

産学連携に必要なことは、この分類にほとんど全て網羅されていると言ってよい。

が、一方では、外部の人から見ると、多岐にわたりすぎて、一瞥しただけでは理解が難しい。

この分類は大学が行うべきことを、大学側で整理しているのであって、産業界側から見ているわけではないからだ。

そこで、以下は私見なのだが、産業界側の人から「大学の産学連携って何をしてるんですか」と質問された時、以下の三つにくくり直して、手っ取り早く理解してもらっている。

 ①共同研究を行う
 ②(特許等)知的財産のライセンスを受ける
 ③大学発ベンチャーを生み出す、あるいはそれと付き合う


これだと、産業界側として、自分は何をやりたいのか、何をやれるのか、非常にすっきりする。

おそらくは、この三つに加え、④として産学連携のインフラ部分があり、そこに、交流の場作りとか、さまざまなコンサル、マッチング機能があり、あるいは研究者側の体制の取り決め(契約、利益相反、守秘義務など)、教育や啓蒙、広報といったものなどが、含まれてくる、とすれば分かりやすい。

いずれにせよ、企業側ニーズは、上記三つの中に分類されてくる可能性が高い、とひとまず考えておこう。(続く)

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大学のミッションについて⑤

(6月21日より承前)産学連携は、「社会還元」の有力な一形態である。

これは、大学で研究された科学的成果を、直接、産業界に移転していこう、という考え方だ。

従来の「社会還元」は、研究論文が産業界に流布される、とか、卒業生が就職して活躍する、というような間接的手法が中心だった。

今回は、大学側が、研究成果を直接企業に移転して事業化を図る、という形が加わる。

そのために、大学側も、共同研究や特許ライセンスの付与を行ったり、ときに大学発ベンチャーの組成を行うなど、より積極的な関わりが求められている。

ここで気を付けなければならないことは、「研究」「教育」「社会還元」がそれぞれ相反するものではない、ということだ。

「研究」や「教育」の成果は、積極的に社会に「還元」されなければならない。

様々な技術や発見も、研究室の中だけで完結するのではなく、広く社会に向かって、どう実用化、応用化していくかということが、ますます重要になってきた。

この辺は研究者の意識に変化が必要とされるところである。

一方で、「社会還元」の存在が「研究」「教育」の阻害となってはならない。

産業界からすると、研究者との共同研究や技術移転には、時間がかかることを理解する必要がある。

「大学が産業界の下請けになってはならない」というのは、多くの研究者達の本音である。

産業界側がこの点を理解していないと、大学への「発注」は、複雑骨折したあげく、悲(喜?)劇に終わってしまうこともある。

であればこそ、研究者の自発性や創意工夫と、産業界からの要請をどう調和させていくか、それこそが産学連携の要諦と言っても過言ではない。

今まさに、この両者をハイブリッドさせるためのマネジメント手法が、模索されなければならないのである。





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大学のミッションについて④

(6月5日から承前)大学の「研究」「教育」に続く第三のミッションは、「社会還元」である。

もちろん、「研究」も「教育」も、ともに「社会還元」的な要素を含んではいる。

まず、「研究」成果は、多くの論文となって、さまざまな知見を社会に与えている。

それが企業の開発者にヒントを与えたり、あるいはメディアを通じて社会生活の方向性に影響を与えるのは、多々あることだ。

たとえば最近、巷で脳(を鍛える)ブームが起こっているけれど、これも大学や研究機関において脳科学が発展したことが引き金になっている。

大学の研究成果というものは新しさや面白さに事欠かないし、そういったものは、この情報化社会において、すぐに喧伝・伝播されるのだ。

また、「教育」も、大学で学んだ人材が社会にでるという効果を通じて、その成果が世の中に浸透していく。

これは筆者の経験だが、米国で90年代に、金融財務の理論で、キャッシュ・フローによる企業価値評価法というのが、はやったことがあった。(日本にも輸入された)

実は、80年代に米国の大学でこの理論を教え込まれた若手達が、大挙してウォール街に就職、その後に世代交代が起こって、皆がこの評価方法を使うようになった - というところを、目の当たりにしたことがある。

古参のアナリストも、こういった新卒者をアシスタントにつけて、この評価法を使って自由にレポートをかかせ、間接的に大学発のノウハウを吸収したりしていたのだ。

これなど、大学の教育が、人材を通して、仕事のやり方を変えた例と言えるだろう。

こうした、「研究」と「教育」を通じた「社会還元」は常になされてきた。

しかし、わが国においても、国の制度改革(国立大学法人化など)を背景として、新しい動きが起こってきたように思える。

すなわち、「教育」と「研究」にインプリシット(暗黙の、含まれた)な「社会還元」ではなく、「社会還元」それ自体を抽出し、大学がそれを主体的に打ち出していこう、という潮流が起こってきたのである。(続く)

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大学のミッションについて③

大学のミッションのうち、「研究」と並ぶ重要な項目として、「教育」がある。

過去の学問の体系を教える、学ぶ、ことができるのは、大学においてだけである。

実は、産業界から「大学での教育は役に立たない」「もう一度オン・ザ・ジョブでやり直して新人を育てる」という話が、時々でることがある。

しかし、おそらくそれは一面的な見方なのだろう。

大学における勉強は、知識の断片を詰め込むことではなく、過去の学問が築き上げられてきたプロセスを通じて、体系的なものの見方を養うところに意味がある。

ビジネスに用いられる特殊専門知識と、大学における学問の習得には違いがあるが、それは役割を分担すべきものと思われる。

その点、教育についても大学には大学の独自性があり、産業界の要請に従って人作りをしているわけではない。

産業界としても、その点を十分認識しておくことが必要だ(あるいは分かっているかもしれないが・・)。

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もちろん、教育のあり方も静的なものではありえないから、今後は様々な変化が生じることはありうる。

例えば、インターネットによって、世界の知の多くが検索可能になってきたとき、教師と生徒の関係はどう変化するのか。

オンラインでの教育の配信が可能になったとき(技術的には既に可能になりつつあるが)、学習方法はどうなるのか。

大学固有のコアがあるとしても、産業界や社会で広く生じた事象を、どう教育現場にフィードバックしていくのか。

はたまた、直近の例だと、少子化やらなにやらで日本の学生の平均学力が落ちているのではないか、といった問題だってある。

いずれにしても、教育というミッションは変わらずとも、その方法論は今後大きな変化に直面することが予想されるのだ。(続く)

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大学のミッションについて②

大学の三つのミッションのうち、最初の二つは理解が容易だ。

まず、「研究」というミッションだが、基礎的あるいは長期的な研究を全うできるのは、大学(あるいは公的な研究機関)以外に無いと思われる。

もちろん、民間にもR&D機関は存在する。たとえば、AT&Aのベル研究所のように歴史的な成果をあげたところもあるにはある。とはいえ、こうした特殊な例を除くと、やはり研究の全体的な厚みという意味では、大学をおいて他にない。

実際、ある研究者が言っていたことだが、特に基礎研究の場合は、事前に予測できる結果がそのまま出るだけでは、十分ではないそうだ。

むしろ事前の予測や常識を裏切るような、あるいはそもそも全く予期しなかったような何かと出会うことが、基礎研究の真髄である。

これが、今、流行言葉にもなっている「セレンディピティー」というものだ。

だから、「1年以内に必ず達成できる」という研究予算の申請を出すのは、自らハードルを下げているようなもので、「他人が見向きもしない」「できるかどうか全く分からない」ものにチャレンジする度胸と、時に失敗を含めてそれを許容する度量がなければいけない。

もちろん工学などの分野で、必ず期間内・予算内にプロジェクトを仕上げなければならないというものもある。そこでは、プレッシャーに打ち勝ちながら、所望の成果を出す技量も必要だ。

要は、基礎研究とプロジェクト型エンジニアリングの性格をきちんと分けて、双方から多面的な研究ができるようにしておく。

この両方を同時にできるところは、大学以外にないし、そこに意味がある・・。研究という言葉の持つ多様な側面をすべて肩代わりできるところは、他に無いと思われるのだ。(続く)

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大学のミッションについて①

産業(あるいは金融)界から大学にやって来て、最初に大学側から言われたのは、「大学のミッションをよく理解してほしい」ということだった。

たとえば、産業界の要請のひとつとして、先生方の研究を使ってすぐにビジネスをはじめたい、というものがある。

しかし、大学側は、決してビジネスを優先するというわけではなく、そのため、往々にして産業界の熱も冷めやすい。

この辺の意識のずれが、産学連携の障害になったりするわけだが、その意味でも、まずは産学連携が大学本来のミッションの中でどう位置づけられるのか、大学と産業界で共通了解をきちんと取ってから動こう、ということだ。

というわけで、大学のミッションを考えると、これは次の三つとなる。

①研究
②教育
③社会還元

当たり前だが、産学連携は③の形のひとつであり、決して大学のすべてではない、ということなのだ-(明日に続く)

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4年前と比べてみると・・

さて、産学連携が言われるようになったのは、ここ数年の話だ。

もちろん、その背景には、日本の10年に及ぶ低迷と、これを打破しようという様々な制度改革がある。

学問も産業もグローバル競争が激しさを増し、米国発の情報革命や中国などアジア諸国の追い上げ、更には戦後のいろいろな制度・慣習が長期不況で耐用年数切れになってきた、ということが背景にあったと思う。

その中で、04年の国立大学法人化が行われ、意識の改革も起こってきた。

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筆者が産学連携本部で共同研究員になったのは4年前のこと。

当時と今を比べると、隔世の感があるのは事実である。

当時はTLOが稼働し始めたことを除くと、産学連携の受け皿などなかった。

組織も体制もゼロに等しい状況だった。

非常勤なので、フルコミットしたとは言えないのだが、その後の組織の拡充を見ると、共同研究、知財、ベンチャー、利益相反防止など、一通りメニューは揃ってきたように感じる。

その意味では、産学連携も制度「構築」の時代から、仕組み「運用」の時代に入ってきたと言えるかもしれない。

仏を作って魂を入れる、というのが、これからの課題だろうか。

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このブログで書くこと。

さて、最初の問題は、共同研究で、何をやるの、ということ。

この共同研究は、産学連携本部というところで行うのだが、そのミッションは、大学と産業界との橋渡しをすることだ。

実際、同本部も含めて、大学-産業界のインターフェイスは、最近、ずいぶんと充実してきている。

全体的なインフラは整ってきていることを考えると、こちらの研究であまり大風呂敷を広げる必要は無いように思われる。

まずは、できる範囲から、少しテーマを絞って、橋渡しのお手伝いをできればいいと思う。

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とはいえ、ブログも毎日毎日書けるほどネタがあるかどうか、心許ないというのが、本当のところだ。

そこで、関係部署で働く皆さんに、援軍として参加して頂ければ、ひと味違う趣がでるのでは、と思いついた次第。

日常風景など、いろいろ織り交ぜながら、ブログが進められればいいなと思います。

研究の契約期間は1年ですが、息切れしないように。~というのが、まずは目標ですね。

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まずはきっかけから・・

今日からブログを開始。

始まりは、先日、東京大学・産学連携本部と、共同研究契約を結んだこと。

結んでおいてなんなんだけれども、これから、ホントに共同研究をしていかなければならない・・・さて、どうしよう。

ここで、「研究」という言葉は、昔だったら、何か抱え込んで沈思黙考、というイメージがつきまとう。

しかしながら、今や時代はオープンソース。

Linuxではないけれど、自分の考え方の軌跡を開示して、情報を発信しながら、何かをまとめあげていく。

そういう研究の仕方がますます大事になってくる・・・

・・・ということで、これから、共同研究に伴うあれやこれや、blogに綴っていこうかと思う。

とりあえず、研究期間の1年間は、最低目標にしたい。

というわけで、乞うご期待(大丈夫か??)

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