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2006年8月30日 (水)

大学発ベンチャー設立数1,500社

昨日、週刊東洋経済の大学発ベンチャーに関する記事を紹介したので、今日はそのネタもとになった経産省の資料を紹介する。

「平成17年度大学発ベンチャーに関する基礎調査~大学発ベンチャーが1,500社を突破」、が、それだ。

http://www.meti.go.jp/press/20060529003/kiso,chousa-set.pdf

前にも書いた通り、何をもって大学発ベンチャーとするか定義が曖昧なので、1,500社という数字に厳密性は無い。

従って、それなりに有意な活動が行われているということ、また数字が前年の1,162社からアップしているので、(前年の数え漏れもあるものとは思われるが)活発な活動が行われていることだけは、確かだろう。

もっとも、先日会った新規公開したばかりのあるベンチャーの社長は、「起業はある意味簡単だけれども、事業成長していくのは容易ではない。大学発ベンチャー1,500社の大半は、大変なことになるのでは」と危惧していた。

実際、すべての大学発ベンチャーが株式公開を目指しているわけではなく、研究者の対外コンサルティング活動や、外部からの受託話の受け皿として発足しているケースなども多い。

つぶれると困るが、現状維持で事業が回ればよい、というところもあるのだ。

もちろん、もっと大きく社会に打って出ようという会社もある。

その場合は、人材も資金も大型投資していくわけで、リスクは高くなるから、結果が出ないケースや、派手に失敗するケースも含まれてくるだろう。

こうした事象は、マクロ的にみれば確率論で捉えられる。

だから、社会的に大学発ベンチャーが成功するかどうかは、母集団が大きいほど有利になってくる。

その意味で、数の絶対的な底上げは必須なのである。

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2006年8月29日 (火)

大学発ベンチャーに関する週刊東洋経済の記事

週刊東洋経済の最新号(06/09/02月号)に、大学発ベンチャーの記事が出ていた。

tp://www.toyokeizai.co.jp/mag/toyo/2006/0902/index.html

「大学発ベンチャーが1500社を突破!、量から質の時代へ 出でよ!日本のグーグル」という記事だ。

要点は、

・特許が大学帰属化され、ライセンス収入としてストック・オプションでの受け取りもできるようになったこと(本ブログでも詳説してきた)、

・各大学で大学発ベンチャーの支援実績が積み重なってきたこと、

・大学としても、株式公開の環境整備含め、課題の解決にいろいろ取り組んでいること、

などが紹介されている。

2000年から2004年ころの大学発ベンチャー設立ブームやバイオ・ベンチャー・ブームがいったん沈静化し、その後一体どうなっているんだ、と疑問を持っていた方には、タイムリーな記事だと思われる。

よくみると、東京大学・産学連携本部・事業化推進部長の各務先生のコメントも載っている。

それによると、東京大学と東京証券取引所は、大学発ベンチャーの株式公開環境に関する共同研究も行うようだ。

大学発ベンチャー支援策は、「設立」から、「成長加速」へと、局面が切り替わる。

そんな動きになっている。

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2006年8月28日 (月)

特許と論文

職務発明としての認定や、研究成果の特許出願の奨励など、大学を取り巻く雰囲気も以前とは少しずつ変わってきた。

背景には、産学連携への取り組みや知財サポートの仕組みが、整ってきたことがある。

そこで、「研究」と「産学連携」との関係で注意したいのが、「論文」と「特許」の関係だ。

「研究」の成果は、学会誌などに「論文」として発表されるが、他方、「産学連携」の典型例としては「特許」出願がある。

このそれぞれが個別、独自に推進できるなら問題ないのだが、そうはいかない。

すなわち、先に「論文」発表してしまうと、それによって新発明が「公知の事実」となってしまい、後から「特許」を出願しても、拒否される可能性が高くなってしまう。

更にいえば、論文どころか、先に学会や公の場所でレジメを発表しただけで、その後の特許出願が受理されない可能性も大きい。

これまた「公知の事実」と見なされてしまうためである。

これは研究者の先生方にとっては、結構やっかいな問題だ。

企業の研究者ならまずは特許・・となるのだが、大学研究者にとっては、キャリアパスからいっても、よい論文を発表することがプライオリティだ。

一応、国は、「特許庁長官が指定する学術団体が開催する研究集会」(学会などのことだ)において先行発表された成果については、それから6ヶ月以内に特許を申請すれば受理される、という救済策を打ち出している。

学会発表、即、特許不可というわけではない。

しかし、これとても、第三者がこの発表を聞いて、似たような発明や応用発明を抜け駆けで特許申請しないとも限らない・・

かくして、産学連携推進、研究者のための知財取扱支援策の整備、というの流れの中で、論文発表と特許出願の手順を間違えないことが、ますます重要になっている。

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2006年8月23日 (水)

ガウス賞、伊藤のレンマ、オプション理論

今日のニュースを見ていたら、伊藤清京大名誉教授に、数学分野の新設された第一回ガウス賞が送られるとのこと。

http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20060822it13.htm

受賞理由は、確率微分方程式を確立したこと。

この方程式は、金融工学分野のブラック・ショールズ式に応用され、実社会の投資行動を説明する強力なツールになりうることが証明された。

ストック・オプションの価格付けにしても、ポートフォリオの構築にしても、はてはヘッジ・ファンドの運用にも、幅広く利用されている。

この功績で、ブラック・ショールズ式の考案者たちは、ノーベル経済学賞を受けとった。

が、その公式の数学的核心はといえば、ほとんど「伊藤のレンマ」の引き写しだった。

その意味で、今回、本家の日本人の先生が受賞なさったということで、少しは溜飲が下がった感じもする。

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とはいえ、この数学そのものは難解だから、筆者がこれを厳密に理解しているわけではない。

あえてオプション価格理論(ブラック・ショールズ式)との絡みでイメージ的に説明すれば、将来の資産価格(例えば株価等)の予測はあきらめ、代わりに視点を資産価格のボラティリティ(変動幅)に移したところが画期的なのだろうと思う。

ボラティリティが高まれば、大きな利益を得る可能性、あるいは大きな損失を被る可能性が高まる。

ところが、オプションはその特性からいって、資産価格が下振れしたときにはオプションを行使しないという選択をとりうるので、これによって損失を限定することができるのだ。

ここから確率的に潜在的な利益を上げる可能性が導かれ、オプション価格が導出される。

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この式は、発表からすでに64年も経っている。

社会的なインパクトが認められるまで40年あまりもかかった。

以前、本ブログで、大学が大学発ベンチャーなどからストック・オプションを取得することも可能になった、という話を書いたが、そのオプションの価格を導くのも、この「伊藤のレンマ」が使われる。

いまや意識するしないを別にして、同式は、社会に大きく浸透している。

突出して優れた学問的業績は、一般社会が追いつくのに、長い時間を要するという見本だろう。

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2006年8月22日 (火)

特許帰属⑨

(承前) それ以外にも、大学特許を扱う際に、念頭に置かなければならないことは多い。

ここでは、発明者について考えてみる。

なぜ、発明者が問題になるかというと、大学での研究には複数の関係者がかかわっているケースも多く、本当の発明者が誰なのか特定する必要があるからだ。

研究室には、指導している先生もいれば、実際に作業をやっている助手や研究員の人もいる。

おおむね指導的立場の研究者が研究の方向性を打ち出すと思われるが、実際に実験を行ったり作業を行ったりするのは、また別の助手であったり、研究員であったりすることも多い。

極論すれば、アルバイトの学生が手伝いに来ていて、何か寄与することすらだって、あるかもしれない。

そこで、本当は、各人の寄与率をはじき、きちんと発明人として申告しなければならない。

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しかし、なかには、複数の研究員の共同作業を、指導的な先生一人が発明したことにすることも、可能性としてはありうる。

力関係が反映するからだ。

そうなると、発明人の項目は虚偽ということになってしまう。

このようなケースでは、特許が取れても、将来的に疑義を申したてられ、あるいは精査をされると、特許自体、無効になりかねない。

やはり実態として誰(と誰)が発明を成し遂げたのか、を特定することがきわめて重要になるのだ。

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もちろん、発明に対する各人の寄与率を算定することは、決して簡単なことではない。

アイデアを出した人、手を動かして準備した人、実験作業で決定的な結果を出した人・・の比率を測定する便利な公式のようなものは存在しない。

判断の合理性は、ある程度、現場にゆだねられている。

したがって、今後はその範囲を慎重に見極めることが、必須になるものと思われる。

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2006年8月21日 (月)

特許帰属⑧

(8月17日より承前) 大学特許のライセンス収入は、大学での配分ルールに従って、その特許の開発者にも還元される。

これが原則だ。

しかし、この仕組みの運用にあたっては、これからテクニカルな問題が生じてくると思われる。

一例をあげると、仮に、その研究者が大学を移ってしまったらどうなるか?

研究者の多くは、ポストや研究環境を求めて大学間を異動する。

よって、その異動を追跡して、権利関係を明確にする必要があるものと思われる。

例えばの話だが、前の大学で申請した特許のライセンス収入は、別の大学に移っても、きちんと支払われるだろうか?

その場合の配分比率はどうなるのか?

あるいは、今の大学と、異動が見込まれる先の大学の、配分ルールが異なる場合はどうなるだろうか。

発明の届け出や特許申請のタイミングを、多少操作することもあるかもしれない。

現状は全国一律で配分ルールが決まっているわけではないが、研究者の流動性を確保するという意味からも、大学間の連携やルールのすり合わせが、今まで以上に望まれるのだ。



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2006年8月18日 (金)

インターネットにおけるデジャブ

最近、グーグルの戦略や強さの秘密がそれなりに解明されてきたこともあって、インターネットを巡る議論がかまびすしい。

こうした議論を見ていて感じるのは、つくづく同じアイデア(というよりビジョン)は、何度もよみがえるのだということだ。

グーグル戦略の本質の一つは、PCにインストールされた個々のアプリケーションを動かすのではなく、Webベース、ネットの向こう側で必要な作業を済ませてしまう、というとこだろう。

だから、前者の時代には、OSを押さえたマイクロソフトが覇権を握り、後者の時代には、ネットの向こう側を押さえたグーグルが台頭している。

しかし、こうしたアイデアやビジョンというのは、グーグルだけが考え出した、ということではないように思える。

というよりも、同じアイデアやビジョンが、手を変え品を変えて何度も何度もよみがえっているようにすら感じられるのだ。

PC自体には負荷を負わせず、ネットにさえ接続できるならば、あとはネットの向こうの大規模サーバーにデータ処理をさせる、というのは、90年代後半に提唱された「シン・クライアント」そのものだ。

これは、当時、サン・マイクロシステムズやオラクルが、対マイクロソフト戦略として、打ち出したものである。

残念ながら、当時の貧弱な通信環境下では、十分な実用性・経済性が得られなくて、頓挫している。

しかし、グーグルの成功は、ブロードバンドの追い風を受けて、「シン・クライアント」構想を見事によみがえらせた、と言えなくもない。

こうした、過去のビジョンがよみがえる別の例で、もう一件思い出すのは、ポイントキャスト社のことだ。

今では覚えている人もあまりいないかもしれないが、90年代半ばに、筆者は米国で、ポイントキャストという名前の会社を訪問したことがある。

この会社が作ったポイントキャスト技術はプッシュ型技術の先駆けで、インターネットに接続していれば、選んだテーマの情報をPCにどんどん送り込んでくれる、というものだ。

テロップで株価やニュースが流れる優れもので、米国では確か100万本以上のソフトがダウンロードされていたように思う。(筆者もおもしろがって使っていた)

当時ネットスケープの株式公開で沸いていたシリコンバレーで、「次は自分たちだ」と、飛ぶ鳥を落とさん勢いでもあった。

しかしながら、結局、これも通信環境とPCのメモリー不足が祟って、最後は挫折する。

しかし、現在、このアイデアは、RSSなどの技術になって、見事に復活しているのだ。

こうしたことから考えると、優れたアイデアは、補完的な環境に先駆けすぎると挫折の憂き目にあうが、しかし再びタイミングを得られれば、何度でも復活しうるのだと、思われる。

試行錯誤や再チャレンジが重要であり、大きなアイデアをしぶとく追求することの意味がここにあるようだ。

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2006年8月17日 (木)

特許帰属⑦

(承前) さて、今まで述べてきたように、特許は大学への機関帰属が中心になる。

次の問題は、特許によって得られた利益を関係者にどう分配するか、ということである。

配分のルールは、大学ごとに策定されているはずだが、例えば次のような関係者への分配が想定されるだろう。

第一に、特許申請やライセンス付与(マーケティング)のコストである。

これは、TLOに対する支払いである。

第二に、大学への還元部分である。

大学自体や、あるいはその特許を開発した研究者の所属する部局などへの割当がある。

これは、研究開発への再投資の原資(予算)に相当するものである。

第三に、開発者個人への還元である。

これは、特許を生み出したことに対する直接的な対価とみなされる。

それぞれの分配比率は、大学によってルールが異なるだろうが、おおむね上記のような要素が考慮されると思われる。

■     ■     ■

一見すると、特許収入から開発者個人が受け取る金額は、全体の1/3か1/4ぐらいにとどまりそうである。

以前のように個人特許をとっていたら、収入は100%個人に所属していた。

しかし今は、特許が機関帰属になったことによって、大学やTLOが特許取得のアドバイスを行ったり、売り込みのマーケティングを行ってくれるようになった。

ライセンス候補先に対する条件交渉も、研究者個人が行うより、機関が行ったほうが、強まると思われる。

すると、特許収入のパイ自体が増えるわけで、それにより、研究者個人への分配の絶対額も高まると想定された。

機関帰属は、あくまでも大学と研究者の間のWin-Win関係構築が前提となるのだ。

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2006年8月 9日 (水)

特許帰属⑥

(承前) このネタは、ひとたび書きはじめると、全然終わらないくらい、奥が深い・・

とりあえず、基本的なことを追いかけていく。

さて、いまや研究者は発明をしたら、職務発明の届出を大学に提出しなければならない。

この手続きを無視して大学に報告せず、自分で勝手に特許を取っていた、ということになると、これは問題だ。

最悪、大学との関係から、特許の成立そのものに疑義が生じかねない。

外部の産業界が、研究者の個人特許を慎重に見る必要がある、というのは、こういうところに理由がある。

■     ■     ■

悩ましいのは、04年の国立大学法人化前の特許の扱いだ。

当時は、特許の大学への機関帰属が必ずしも明確ではなかった。

個人特許も多いと推測される。

しかしながら、所属する大学との関係によっては、特許出願の前に、大学に発明の届出を行うことが要請される場合もある。

手続きを無視して大学に発明の届出を出していない、ということになると、やはり潜在的な問題をはらむことになる。

「当時の事情」というものは、往々にして忘れられやすいし、「なあなあ」で共同研究やらライセンスやら、事態が進行していく可能性もある。

産業化・事業化が成功してから、振り返ってみてミスがあった(特許自体に疑義があった)・・では済まないこともあるだろう。

研究者の古い特許を使うときほど、慎重な検討が必要とされるのだ。

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2006年8月 8日 (火)

特許帰属⑤

(承前)東京大学の場合、「学内の発明は、職務発明として、大学に承継する」という原則が確立している。

あとは運用上、例外があるのかどうかが、問題になる。

いくつかの特殊ケースは考えられる。

①研究者が大学に職務発明の届けを出したが、職務発明とみなされないケース、

東大では、この判断は、大学の部局(学部など)で行う。

職務発明にならないとみなされると、本当の個人の自由発明(大学の研究とは一切関係ないもの)として、個人が好きに使えることになる。

②職務発明とみなされ、特許出願を依頼したのだが、拒否されてしまうケース。

これは、知的財産部(東大TLOの協力を得る)で、判断される。

ここで、大学が技術の権利を承継しないとなれば、この発明も個人で特許出願が可能になる。(特許として認められるかどうかは、また別の問題だが)

こうしたプロセスは迅速に判断されるので、2~4週間程度で結果は明らかになる。

ただ、職務発明規定はかなり強力なので、こうした個人所有の発明や特許は、相対的にレアなケースになるように想像される。

したがって、機関帰属ではなく、研究者個人の特許を利用する場合は、ライセンスを受ける企業も投資家(ベンチャー・キャピタルなど)も、個人特許の背景を慎重に抑える必要があると思われる。

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2006年8月 7日 (月)

特許帰属④

(承前) さて、職務発明の取扱いの話を続けていく。

まず、ある発明があったとして、職務発明なのかそうでないのか。

この辺は、特許関連の本を読むと、いろいろ書いてある。

結論から言うと、大学での自分の研究に少しでも関連があれば、それは職務発明という風に考えた方がよい。

いつどこで発明したか、というのは、あまり関係がない。

発明を思いついたのが、日曜日で、かつ研究室ではなく自宅の風呂場だった・・・としても、やはり研究に絡んでいれば、それは職務発明となる。

■     ■     ■

これは、大学だけではなく、民間企業でも同じ。

以前知り合いのベンチャー企業の社長から、「社員が、自宅で作ったソフトだから、自分のものだと言って、困るんだよ」と相談を受けたことがある。

このときは、「職務発明の取り扱いになるんだから、事前に、(誰に帰属、承継するのか)職務規定にきちんと書いておかないと、駄目ですよ」と忠告してあげた。

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東京大学の場合だと、2004年の法人化を契機に、発明、著作物、ノウハウ、等について、取扱規則が設けられている。

そこには、「大学における研究成果である職務関連発明について、原則として特許等を受ける権利を大学が承継する」と書かれている。

というわけで、原則は以上のようにきちんと確立しているのだ。

あと問題は、実際の運用にあたって、特殊ケースがどれだけ出てくるか、ということだ。

次回、考えてみることにしよう。

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2006年8月 4日 (金)

特許帰属③

(8月1日から承前) 大学で発明された特許の帰属について、ごちゃごちゃっと書いてきたが、一回まとめてみよう。

①以前は、国立大学での発明に関して、研究者や共同研究先が勝手に特許を出願することができた。

②2004年の国立大学法人化を契機に、あたかも民間企業のように、内部での発明が、職務発明とみなされる可能性が高くなった。あるいは、大学の発明の取り扱いに関する手続きが、明確化された。

③職務発明と見なされると、研究者は発明を大学に譲渡し、大学は研究者にその対価を支払う。

一応注意しておきたいのは、あくまで②と③が主流トレンドになったということであって、これは全ての国立大学に一律・強制的に施行されているわけではない。

知財の取り扱いルール作りは、あくまで大学(ときに学部)単位である。

また、研究者が自分の発明を特許化したいといっても、大学(あるいはTLO)が、その価値無しとして、拒否する場合もある。

このような場合は、再度、発明を個人に差し戻して、個人での出願を認めるケースもある。

よって、産業界が大学の知財を取り扱う場合、大学ごとにどのようなルールになっているのか、点検することが必要になる。

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その上で、職務発明としてのルールが確立しているなら、産業界は、以下の点をチェックすることが望ましい。

①そもそも、その発明は職務発明なのか。
②職務発明として、学内の正式な手続きを踏んでいるのか。
③その知的財産はどこ(あるいは誰)に帰属しているのか。

これらの基本的な了解が最初にあって、その後、ライセンスの価格とか期間とか諸条件へと話が移っていく。

大学発ベンチャーと関わりを持つ投資家や債権者、取引先も、この点を無視しては、前に進めない。

しかしながら、実際には、これら基本事項がどれだけ知られているかというと、かなり心もとない。

今後の啓発が待たれるところである。

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2006年8月 3日 (木)

IT革命の意味について②

(8月2日から承前) ネット革命の本質は、一部の大企業が自社優位の源泉として使っていた情報や知識、スキル、手法が、ネット革命によって流出し、広く大衆の間で活用されるようになることだ。

その典型例が金融分野、特に証券業などに見られる。

まず最初に、ネット証券が登場したことで、株式の取次手数料が1/10レベルにまで低下した。

これは、営業マンの人件費がシステム費用に置き換えられて、株式仲介業のコストダウンが進んだためである。

これによって、一般投資家は、大口機関投資家並みのコストで株式を売買できるようになった。

すなわち、ネット化による受益の第一段階である。

続く第二段階では、金融機関のディーリング業務が、一般大衆に普及していく。

従来は、金融機関などが、豊富な自己資金を使って、社内で売った買ったをやりながら利ざやを稼いでいた。

しかし、手数料が下がったことで、一般投資家も(時間さえあれば)金融機関並みの激しい売り買いができるようになっていく。

株式売買で生計を立てるデイ・トレーダーの誕生である。

新しい社会現象として、マスコミなどでも取り上げられた。

そして、今は第三段階、すなわち機関投資家・金融機関のクォンツ業務に、広く大衆投資家が参戦しようとしている。

これは、システム売買による株式取引の手法である。

かつては大手の金融機関が理工系の学生を正社員として採用し、プログラム開発に当たっていた。

ロケット工学者がウォール街に来た、と盛んに喧伝もされたほど、そのスキルは各社とも秘中の秘であった。

しかし今は、株式売買プログラムのコンテストが開催され、あるいはその優秀作品を使ったロボット型の売買システムが外販される、というに及んでは、秘密も何もあったものではない。

もちろん初期段階では企業所属のプロの方が、まだ豊富な経験を持ち、優れたシステムを組めるのかもしれない。

が、Web2.0的に言うなら、不特定大多数のプログラムが集まり、その中から市井の天才たちが現れ、やがて状況はプロに追随、逆転ということだって、あるかもしれない。

というわけで、繰り返すと、第一段階では営業マン(ブローカー)の汗を、第二段階ではディーラー(トレーダー)の反射神経を、そして第三段階ではクォンツの金融数理ノウハウを、次々と一般投資家が自家薬籠にしているのである。

全ては、コンピュータの処理能力が劇的に高まり、情報の単位コストが急低下したために起こったことだ。

これで、「エリートは実はITが嫌い」という言葉の真意が分かるだろう。

大衆に情報と力が付与される時、それとどのように向き合うのか、むしろ対応を迫られているのは、エリートと目される人たちの側なのかもしれない。

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2006年8月 2日 (水)

IT革命の意味について①

(7月28日から承前) Web2.0とかいろいろ喧伝される中で、最近考えたことを少し書き連ねてみる。

ちょっと前になるが、シリコンバレー・ウォッチャーとして著名な梅田望夫氏の雑誌インタビュー記事で、印象に残ったことがあった。

それは、
「エリートは、実は IT が嫌い」
「インターネット革命の最大の受益者は、主婦や学生や自営業者など」
というものだ
(正確な表現ではないが、おおよそ、そんなことを言っていた)。

言わんとしていることは、エリート(梅田氏は大企業で働く人々を念頭においている)は、そもそも自分の会社で、情報インフラを提供されてきた人たちである。

従って、今進行しているネット革命でできるようなことは、(高価ではあったが)大企業での労働環境では当たり前のことだったのだ。

よって、「ネットでこんな新サービスができる」と言われても、「何をいまさら」という感覚になってしまう。

ましてバリバリのサラリーマンともなれば、職場での労働時間は長い。

いちいち得体の知れないネットをサーフして、何か新しいものなど探しているような暇はない。

人間関係も、職場で全て完結して閉じてしまいがちだ。

とすれば、ネットのもたらすメリットは、かなりの程度、減殺される格好となる。

対称的に、こうした情報環境を持たなかった人たち(要するに大企業以外にいる人々)は、安価な情報インフラが活用できるようになったことで、一気に視界と自由度を広げていく。

PCが計算処理機能からメディア機能を強めるにしたがって、大企業が独占していた情報を入手し、新しい人脈を広げることが可能になってきた。

大企業との情報格差はかなりの程度、埋まりつつある。

のみならず、ある種の情報やその使い方に関しては、大企業を凌駕することすら、しばしばあるように思われる。

こういうことを実感するのも、実は、自分自身の身近に、こうした事例が見聞されるようになっているからだ。(続く)

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2006年8月 1日 (火)

特許帰属②~フラッシュメモリー訴訟和解

東芝のフラッシュ・メモリーをめぐる特許訴訟が和解になった、と報じられている。

これは、現・東北大学教授の舛岡富士雄教授が、東芝時代にフラッシュ・メモリーを発明。

しかし、その開発者に対する対価が過小であるとして、訴訟となっていたものである。

一般に、企業に所属する研究者・開発者が、その研究や開発業務に関連して新たな発明をした場合、その発明は「職務発明」といわれ、権利は発明者から企業に譲渡される。

勝手に、研究者や開発者が、「これは自分が発明したものだ」とばかりに、エイやっと個人で特許を取得したりできるわけではない。

ただ、権利を無条件に企業に譲渡してしまうと、発明者のインセンティブが落ちてしまうので、同時に、発明者は企業からそれ相応の対価を得ることができる、ということになっている。

これらは、改正前の特許法35条の職務発明規定でも、うたわれていた。

実際には、日本企業の場合、どれほどすごい世紀の発明であっても、開発者に対しては、小額の報奨金ぐらいしか支払われなかった。

が、近年、知財重視の流れの中で、いよいよそうもいかなくなってきた。

特に、直接の引き金となっているのが、知財をめぐる大型の訴訟である。

チャンピオン例としては、中村修二氏と日亜科学の青色発光ダイオード裁判があり、今回のフラッシュ・メモリー訴訟の和解が続いてきた。

裁判の結果を見ると、研究者への報酬金額がまだ低すぎるのではないか、という意見もあるようだが、おおむね発明者に相応の対価を支払う、ということでは流れができてきたように思われる。

これを受けて、各企業は、社内報酬の制度を大幅に弾力化し始めているようだ。

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なぜ、こういう話を書いてきたかというか、法人化後の国立大学では、こうした発明が、民間企業と同じく、「職務発明」とみなされる可能性が高いからである。

すると、権利帰属や、発明者への報酬は、民間企業に習うことになってくるのだ。

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