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2006年7月28日 (金)

ITの講演を聴く

昨日は、東京国際フォーラムにて、大前研一氏の講演を聴いてきました。

デジタル化がどのように産業や生活を変えていくか、大前節で切りまくっていました。

かなり刺激的なので、さわりだけ引用すると・・

・ティーボでタイム・シフト、スリングでロケーション・フリーの視聴形態となり、TVのCM価値は暴落する。

・HDD対ブルーレイは、無意味。写真や文書など一般家庭の全文書は、10万円のホームサーバーに入ってしまう。娯楽コンテンツも、蓄積はたいして必要なく、オンデマンドで十分。よって、ブルーレイ一体型のPS3はいかがなものか。

・地上波デジタルも意味がない。光ファイバーで全部流せる。第二東京タワー(600億円)を建設しても受信する人がいないから、現代のピラミッドとなってしまう。

・iTunesで全世界2万8000局のラジオを聞けるから、もはや有線放送は不要。PC無料放送のGyaoも、全世界の動画コンテンツが集まるYoutubeに、敗れる。

・インターネットで重要なのは、ポータル、決済、物流。グーグルチェックは世界のすべてのサイトの決済を担うので、楽天のような囲い込まれたショッピング・モールのモデルは、時代遅れになる。

偉い人ほど、サイバースペースはわからない。半年で状況が変化してしまう。毎日、勉強しないと、だめ、との結論。

ちなみに大前氏、台湾で講演して、そのビデオを後で販売しようかと思ったら、盗み撮りする奴がいて、Youtubeに、全編アップされてしまったというオチがつきます。

昨日の講演も、誰かが動画アップしているのでは??

■       ■       ■

しかし、この話、よくよく考えると、かなり深刻です。

将来は、大学の先生の講義も、全部動画配信になってしまう。

去年のノートを先輩から借りたら、講義内容が全部同じというのはよくある話だけれど、動画が一回アップされると、今年の講義が不要になるかもしれません。

基礎的な講義は、スーパースター教授が一人講義して録画しておけば十分、という世界だって想像できます。

結局、今起きているのは、知の流通速度の劇的な上昇という事態です。

それをどのように活用していくのか、一人ひとりが問われている、ということでしょう。

デジタル革命は、どの世界にいても、決して無縁ではいられないと、あらためて認識させられました。

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2006年7月26日 (水)

特許帰属①

国立大学が法人化されたのは、2004年4月のことである。

それによって変わったことの一つに、大学で発明された特許の帰属の問題がある。

つまり、発明成果~特許は誰のものか、どう使うのか、という問題である。

結論から言うと、国立大学法人化によって、国立大学の研究者が発明した特許は、大学という機関に帰属する可能性が大きくなった。

では、それ以前はというと、ルールがあまり明確でなかったこともあって、てんでバラバラであった。

例えば、研究者が自分で出願する、研究者個人が共同研究先のメーカーと出願する、自分の大学以外の研究機関と出願する、TLOに依頼して大学名義で出願する-などさまざまなケースがありえた。

しかし、これには弊害もあった。

研究者個人が特許を取っても、一個人対メーカーでは交渉力が強くなるわけでもなく、その特許が確実に使われるとも限らず、大きな収益を生むことも稀だった。

また、これ以外のケースでみても、政府予算という形で研究費が支給された研究では、その成果が国に帰属することも多かった。

研究者や大学が勝手に特許化を図ると、国の税金を使って私的利益を追求している-と解釈されたためである。

しかし、国が特許を持つと、それが民間で事業化される可能性は低くなってしまう。

かくて、特許出願など何か面倒なことのように思われ、一刻も早く論文で発表した方がよい、という考え方が支配的であったのだ。

ところが、やはり黒船というか、米国から別の風が吹いてくることになる(続く)。

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2006年7月25日 (火)

いわゆる「国立大学法人」について

知っている人には笑い話のような話だが、今でもたまに、国立大学は「独立行政法人」だと思っている人にぶつかることがある。

もちろん、これは間違いで、正確には、国立大学は「国立大学法人」である。

国立大学の法人格は、「国立大学法人」法によって、きちんと規定されている。 

もっともこうした誤解が生じたのには、根拠がある。

国立大学が「法人」化されたのは2004年4月だが、そのかなり直前の時期まで、大学は「独立行政法人」化される見込み、ということで発表されていた。

実際、マスメディアにもそういう記事がたくさん載っていた。

最終的に、「国立大学法人」という新たな規定が作られたわけだが、これはあまり報道されなかったように記憶している。

当時は国の機関が法人化されるということ自体が、メディアにとって価値があったわけで、その内容が「独立行政法人」なのか「国立大学法人」なのかは、テクニカルな問題として片付けられたような気もする。

しかし、この「国立大学法人」法を見ていると、いろいろ面白い。

たとえば従業員は、公務員ではないのだが、刑法その他の規定では公務員に準じると書いてある。

国立大学の先生は、「みなし公務員」なのだ。

法人化はされたが、公務員としてのいろいろな義務は負う、と理解できる。

産業界が、例えば大学の研究者と共同研究をしようと思えば、研究者がこの枠内で動く、ということを理解しておかなければならない。

産学連携担当者はぜひ法律のご一読を。

http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H15/H15HO112.html

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2006年7月24日 (月)

「大学発ベンチャー」の定義とは?②

(7月21日より承前) 大学が「大学発ベンチャー」を認定していないのは、前回述べたとおり。

では大学が何をやっているかというと、知的財産の管理や、研究者の兼務状況の確認だ。

知財に関しては、発明が本当にその大学でできたことを確認する、あるいは特許を取る(関連TLOで行っている)、ライセンスを付与する(これも関連TLOで行っている)、といったことが中心となる。

また研究者が外部の企業等の役職に就いていないか、人材の管理を行っている。

だが、上記二点に該当するものが「大学発ベンチャー」だと認定しているわけでもないし、逆に該当しないから「大学発ベンチャー」ではない、と言っているわけでもない。

ある意味、大学にとっても、「大学発ベンチャー」を認定するという行為は、リスクははらむ。

ベンチャーである以上、事業がうまくいかないリスクは大きい。

大学がそのベンチャーを救ったり、それ以前に成功を保証したりすることができるはずもない。

従って、「大学発ベンチャー」と言う言葉は、ある種の虚構の上に成立している。

しいていえば、自称、あるいは他称で、周囲から「大学発ベンチャー」だと認知されると、そのようにカウントされる、というのが現状だ。

それ故、外部から「大学発ベンチャー」を評価するときには、その看板に踊らされるのではなく、内実を見極めることが重要になってくる。

知財がどのように取り扱われているのか、大学と企業の人材がどのような役割分担になっているのか、あるいは大学での手続きがきちんと踏まれているのか、といったことが、チェックされなければならない。

その上で、通常のベンチャーを評価するように、本業の潜在性を探る、ということになる。

「大学発ベンチャー」は、むしろ「普通のベンチャー」よりも、点検すべき箇所は多い、と考えなければならない。

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2006年7月21日 (金)

「大学発ベンチャー」の定義とは?①

今回は、「大学発ベンチャー」について、考えてみよう。

「大学発ベンチャー」というのも、新聞紙上などでは、ありふれた単語になりつつあり、どこに謎があるのか、という感じだが、実はこの言葉、定義がすごく曖昧なのだ。

少なくとも筆者は、この言葉がきちんと定義されているところを見たことは、一度もない。

共同研究している?

大学の技術をライセンスされている?(それにしてもライセンス技術の重要度の軽重はあるだろう)

先生が役員やアドバイザーになっている?

卒業生(OB)が経営している?(これも卒業後何十年もたっている場合は?)、

同じく従業員にOBがいる場合は?

大学のインキュベーション施設に入っている?

・・・などなど、考え出すと、かなり曖昧だ。

これらを総称して、「大学発ベンチャー」というのかもしれないが、そうするとかなり定義域が広くなって、該当する企業を全部補足しきれるのか、という疑問も生じる。

実は、経済産業省から、「大学発ベンチャー」が1,000社を超えた、という調査報告書が出されているが、そこでも「大学発ベンチャー」の定義は書かれておらず、どういう基準で対象企業がピックアップされたのかは、よく分からない。

マスメディアでも、定義をすっ飛ばして、この言葉を使っている。

となると、「大学発ベンチャーというくらいだから、大学公認じゃないの?」という話が出かねないのだが、もちろん、大学が「大学発ベンチャー」を定義したり認定しているという事実はない。

すると、これだけ使われている「大学発ベンチャー」とは何ものなのか、ということになる(続く)。

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2006年7月19日 (水)

東京大学アントレプレナープラザ

7月11日に、建設現場の写真を掲げているのだが、本郷キャンパスで、インキュベーション施設の建設が始まっている。

建物の名前は、最初は「東京大学ベンチャープラザ」でプレス・リリースされ、現在は「東京大学アントレプレナープラザ」ということだ(ただし、現状でも仮称)。

東大発ベンチャーに、インキュベーション用のオフィスや実験ラボを提供しようというものだ。

(プレス記事)
http://www.ducr.u-tokyo.ac.jp/press/2005/vp.pdf

公にはなっているのものの、まだあまり知られていないとのことで、確かに新しい名称の方でグーグル検索しても、何も出てこないようだ。

というわけで、少し事実関係を列挙してみる。

場所は本郷キャンパスの南側、7階建ての建物で、30室程度の貸室が可能。(一室58平米)

1階は共用会議室等、2~3階はオフィス、4~7階もオフィスだが実験ラボも置ける。

特に、このラボが売り物になっている。

というのも、都心でバイオ系のベンチャーが入れる施設は少ないから、これは、福音ということだ。

もちろん、IT系だろう材料系だろうと、スタートアップ企業には十分なスペースと思われる。

気になる賃貸料は、はっきり聞いていないが、本郷周辺と同じくらいが想定される。

その意味では、入居は、安いから入る、ということではなく、あくまで東大の研究者や研究室にアクセスしやすい、とか、ラボが使える、とか、いった理由になるのではないか、と思う。

もちろん、大学のキャンパス内にいることで、体外的に信用度が少し上がる、といった効果もあるのかもしれない(ただし、これは正直分からない)。

入居できるのは、たとえば、東大と共同研究しているとか、顧問の指導を受けているとか、ライセンスを使っているとか、あるいはOBが経営の中核になっている(それ以外もあるかもしれないが)、というようなベンチャー企業が対象となるようだ。

TLOも、ベンチャー・ファンドも用意して、来年夏にはインキュベーション施設も完成、ということで、東大に絡んだベンチャーの支援策は、おおどころのメニューが出揃ってくるというところだろうか。

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2006年7月18日 (火)

TIME SCAPE

「TIME SCAPE」という不思議な催しモノに行ってきました。

Dsc00240昨年度まで、東京大学産学連携本部長を務められていた石川正俊先生から、招待状が郵送されてきたので、ちょっと見学に。


場所は、ホテル・ニューオータニ・ガーデンコート3階の、岡村製作所のショールームです。

Dsc00238暗い回廊のところどころに、スクリーン・ディスプレーが置かれています。

仕掛けは、シルクスクリーンを手で押すと、へこんだところと、そのへこみ具合を裏から赤外線で感知して、別の映像を映し出す、という仕組み。

Dsc00237ちなみに昼間のブリッジの写真ですが、真ん中を押すと、そこだけ夕日になってしまう。もちろん、へこみが元に戻ると、映像も元に戻ってくる。

その間の微妙な残像のねじれが面白いので、いってみれば、「時間の風景」というタイトルなのでしょう。

特に、カメラを置いてあって自分の映像を映し出しておき、スクリーンを押すと10秒前の自分の風景に戻る(身体がねじれながら、歩行が逆行するように見える)という、ちょっとタイムマシン的な映像に、感銘。

今度はぜひこの技術で作った映像を使って、映画を撮ってほしい(サイコ・サスペンスか、四次元SFスリラー向け?)。

事業に実用化されたい方は、ご一報を(・・これもジョークですが)。

                                                                     (写真撮影:五内川拡史)

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2006年7月14日 (金)

産学連携の全体像と体系③

(7月5日から承前) 前回述べたように、産業界から見た場合の、東京大学の産学連携のメニューと組織は、

   メニュー                               東大・産学連携本部の組織
① 共同研究          →   産学連携研究推進部
② 知財管理・ライセンス       →   知的財産部
③ 大学発ベンチャー     →   事業化推進部

という対応関係に集約される。

ただし、産学連携本部の役割は、学内側の受け入れ態勢・インフラ整備、という側面が強い。

よって、産業界側に向けたマーケティングや資金の手当てなど、民間側に軸足をおいた活動には、別の組織や仕掛けも用意することとなっている。

例をあげると、②の知財ライセンスでいえば、民間企業の東京大学TLO(旧CASTI)がある。

同社は、東京大学で発明・発見された特許の出願手続きを行い、それらを企業向けにマーケティングしている。

また、③のベンチャー支援では、東京大学エッジ・キャピタルがあり、東大の知財をベースにしたベンチャー企業や、東大出身者が経営するベンチャー企業に、出資を行っている。

さらに、①の共同研究については、別組織を作っているわけではないが、産学連携本部内に共同研究のプランニング制度なども創設されている。

そういうわけで、先ほどの体系を書き直すと、こうなる。

  メニュー            東大・産学連携本部の組織  外部組織
①共同研究     → 産学連携研究推進部 → 各種制度
②知財ライセンス   → 知的財産部       → 東京大学TLO
③大学発ベンチャー→ 事業化推進部     → エッジキャピタル


以上のように、産学連携は、そのメニューと、学内整備組織、対外活動の組織が、おのおの連携をとって動く形が作られている、ということになる。(続く)

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2006年7月13日 (木)

サイエンスとエンジニアリング②

(7月10日より承前) 前回、「サイエンス」の分野では、偶然をつかみ取る能力(セレンディピティーともいわれる)がとても重要だという話をした。

そのため研究者にプレッシャーだけ与えても、事前に予想したとおりにはならないことが多い、という。

それでは、もう一方の「エンジニアリング」は、どうだろうか。

これは、知り合いの研究者が言っていたことだが、「エンジニアリング」の場合は、むしろ「サイエンス」とは正反対だという。

つまり、どんなプレッシャーがあっても必ず期待した成果を出すような、そんな能力が必要になるそうだ。

たとえば、ロケットを打ち上げるというプロジェクトがあれば、必ず打ち上げ予定日までにシステムを完璧に作動させなければならない。

歴史的な事例では、アポロの月着陸は、部品の不良率から計算して、99.9999%の成功確率で実施されたという。

100%はありえないにしても、統計学的に、限りなくそれに近い予見性をもって、プロジェクトを完遂しなければならないのだ。

当然、開発者たちにかかるプレッシャーたるやすさまじいものがあるが、絶対にそれを跳ね除ける力、あるいはセレンディピティーではなく、事前の計画をそのとおりやり遂げる力が要請される。

■      ■      ■

というわけで、「サイエンス」と「エンジニアリング」では、成果の求め方が自ずと異なってくる。

前者は不確実性の中から失敗はありうるにしても大きな成果を、後者は確実性のうちに予期したとおりの成果を求めるものだ。

産業界が大学と連携する、という場合には、この両者を区別して、予算と期限、求める成果、を設計しておかなければならない。

当然、研究者の側の開発に対する目標やインセンティブを、よくよくすり合わせておくことが大事だ。

産業界が絶対確実な成果を、大学など研究機関の研究者が不確実な研究を、志向しているとすると、その共同研究は危ういものになりかねない。

プロジェクトにおいて、それは「サイエンス」なのか「エンジニアリング」なのか、事前のプランニングがきわめて重要になるものと思われる。

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2006年7月11日 (火)

インキュベーション施設がUnder Construction

今日は、本郷グルメ日記を書いてもらうハズが、メンテナンスの影響で、延期に追い込まれる。(すぅさん、頑張ってくれ!)

というわけで、先日も書いたのだが、本郷キャンパスのインキュベーション・センター建設現場の写真を掲載。

Dsc00223美味しい料理写真ではなく、埃舞う写真となってしまった(が、1年もたつと、立派な建物が建つことだろう)。

施設の概要については、また次回に掲載。

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2006年7月10日 (月)

サイエンスとエンジニアリング①

最近、世界中の大学や研究機関で、研究成果のねつ造事件や、資金の使い込みといった問題が起きているようだ。

研究開発の重要性が叫ばれ、より具体的な成果を求められる風潮が強まって、研究者にかかるプレッシャーも、以前より大きくなっているのだろう。

とはいえ、問題解決の切り札として、一律に研究者の監視を強化すればいい、というものでもない。

外部的な牽制は必要ではあるが、現実問題として、それ相応のコストもかかってくる。

なにより、研究の実用化要請が高まることに対して、研究者自身の内発的モラルをいかに維持するかが、問われているのだ。

ある研究者から聞いた話だが、そのために有効なことは、研究開発における「サイエンス」と「エンジニアリング」をきちんと区別することだという。

この二つでは、難易度、研究期間、予算配分、成果の尺度、などが異なる。

従って、研究者にかかるプレッシャーの質も、成果に対する考え方も、本来的には異なってくるようなのだ。

では、両者には、具体的にはどういう違いがあるのだろうか。

■      ■      ■

まずサイエンスをとりあげると、これは基礎的な事象の発見に力を注ぐものだ。

そのフロンティアは、誰も考えたことも無かったテーマを手がける、事前に予期できないような現象を発見する、通説を大きく裏切るような技術を実証する、といたところにある。

しかし、これはある意味、自己矛盾をはらんでいる。

例えば、事前に「予期できないこと」が、どうして事前に「研究計画」として提出され、あるいは事前の「予算申請の対象」となるのか?

一つは、優れた研究者はいろいろな仮説を立て、その面白さやそれが証明されたときの有効性で、計画を提出するということだ。

しかし、画期的成果が出るには、それだけでは足りない。

やはり、予期しなかった運や偶然が、彼方から到来してくれないと大化けしにくい。

我が国のノーベル賞受賞者の事例をみても、白川教授や田中耕一氏の発見は、そもそも間違った配合が、常識破りの発見につながってしまった、と言われる(ただし、その間違いを間違いで終わらせない感度の鋭さやたゆまぬ努力があるのであって、もちろん偶然の行幸だけではない、念のため)。

とにかく、こうしたサイエンスの研究者は、いつ成果が出るのか予期できないことをやっているのであり、運と偶然の女神も必要だ、と言える。

従って、サイエンスにあまり短期的・即物的な成果を要求すると、予見性を高めるために最初からバーを低くした漸進型の研究計画を提出して予算取りに走るか、あるいは、途中のプレッシャーからありもしない成果をでっちあげるか、といった誘惑にかられやすくなる。

優れた研究ほど、予算をつけたからすぐに実用的成果がでるというものでもなく、失敗を大目に見ることも含めて、やはり長期的な粘り強い視点が必要とされるのだ。(続く)

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2006年7月 7日 (金)

新オフィス

本郷キャンパスの一角で、インキュベーション棟の建設が始まった。

この施設は、東京大学に関連したベンチャー企業に、オフィスを提供する目的で建設される。

通常の事務所としての使用に加えて、ラボの設置も可能となるので、バイオ・ベンチャー等の入居も可能とのこと。

今は、ちょうどショベル・カーが整地をしているところだが、来年の今頃には完成するようだ。

・・という話をしていたところに、海の向こうの記事をネット・サーフしていたら、Googleの新オフィスはすごい、との記事を発見。
↓  ↓  ↓
http://www.metropolismag.com/cda/story.php?artid=2123

うーん、記事中盤の写真を見るにつけ、立体的なオープン構造に原色スケルトン、小物の数々・・と、まるでオモチャの国かおとぎの国のようだ。

日本も負けずに対抗したいところではあるが、不動産の坪単価が高い東京都心で、かつ格式を重んじる日本には、合わないだろう。

機能重視か、遊び心重視か。

ことほどさように、オフィス一つ取っても、知的資産の創造性という観点から、グローバル競争の波にさらされているのだ。

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2006年7月 5日 (水)

産学連携の全体像と体系②

(6月28日より承前) 前回、産業界側から見た産学連携のメニューは、おおまかにいって、次の三つに分類できる、という話をした。

再録すると、

 ①共同で研究を行う
 ②(特許等)知的財産のライセンスを受ける
 ③大学発ベンチャーを生み出す、あるいはそれと付き合う


大学のパンフレットには、もっとたくさんのことが書かれているのだが、とりあえず、上記三点で間に合うとした理由は、実のところ、東京大学産学連携本部の組織も、この分類に対応しているからだ。

すなわち、同本部の大きな組織は、
 
 ①産学連携研究推進部 (共同研究の新たな展開)
 ②知的財産部 (知的財産の管理と活用)
 ③事業化推進部 (起業支援・実用化支援)


の三部から成っている。

①、②、③をそれぞれ見比べると、「やるべきこと」vs「対応部署」、が対応していることが分かるだろう。

すなわち、経営史の泰斗アルフレッド・チャンドラーをもじっていえば、「組織は戦略に従う」。

産学連携の具体的行動は上記三本柱に集約されるのであり、それは、組織的な構成からも、裏付けられているのである。


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2006年7月 4日 (火)

大学発ベンチャーが減少?

本日の日本経済新聞朝刊に、2005年度ベンチャー・キャピタル調査の結果が掲載されていた。

http://www.nikkei.co.jp/news/sangyo/20060703AT1D030AY03072006.html

それによると、「大学発ベンチャー」への投資額は151億円で、前年度比13%の減少となったそうである。

同時期の投資額全体は前年度比89%もの大幅な増加(3,523億円)だったというから、相対的にみると、「大学発ベンチャー」投資は、かなり落ち込んだと言えるだろう。

この要因のひとつが、バイオ・ベンチャー・ブームの後退である。

「大学発ベンチャー」の中心はバイオ・ベンチャーなので、ブーム後退の影響を直接被ったと考えられる。

調査開始時の01年度は、日本のバイオ・ベンチャーが初めて株式公開を果たし、ブームに火がついた頃だった。

その後、ベンチャー・キャピタル業界は、大学発バイオ・ベンチャーとさえいえば、中身の吟味もなんのその、何にでも投資するという感じがあったのも事実。

が、それから4年がすぎて、ついに投資も一巡したということだろう。

さすがに投資ポートフォリオに占めるウェイトも高まり、また投資後の成果もそんなに簡単には出ないということを認識して、ブレーキを踏んできたと思われる。

かわって、今はWeb2.がもてはやされるIT業界あたり(大学とは関係が薄い)に、そろってシフトしてきた、というところだ。

それでは、大学発ベンチャーは、もうおしまいなのだろうか?

実は、この問いに答を出すのは、まだ早すぎる。

これからの活動が、その答えを握っているのだ。

たまたま、今日の午後、大学発ベンチャーの経営に直接入って立ち上げを手がけている小規模な独立系キャピタリストと話す機会があった。

彼が言っていたのは、次のようなことである。

「とにかくブームになると、キャピタルが押し寄せて、大学の研究者もベンチャーの社長も舞い上がってしまうので、ぜんぜん投資できなかった。

むしろ、一回ブームが終わったほうが、本当に先生や経営者とがっぷり組んで長期的な支援ができるので、助かる」

ベンチャー・キャピタルのスタイルにもよるが、ハイテク系・経営参加型のキャピタルにとっては、ここからが本当の活躍の場ということを言いたかったに違いない。

何にせよブームは、移ろいやすい。

大学発ベンチャーも一本調子で、成長を遂げることなどない。

これからは、大学発バイオ・ベンチャーに関して言えば、お金だけではなく、人材の補強、時には経営者の交代も含めたさまざまな支援、再編が必要になるだろう。

あるいは、「バイオ」以外の「材料」系や「IT」系など、さまざまな大学発シーズを発掘することも、模索されるべきだ。

浮き沈みは不可避であり、沈んだ時に何をやるか、宴の後の仮説と行動こそが、本当の勝負どころになるものと思われる。

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