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2006年6月30日 (金)

時間感覚について

かたや産業界の仕事をして、かたや大学にお世話になっていると、そのスピードというものがずいぶん違うことを実感する。

名著に「ゾウの時間、ネズミの時間」という本があるが、大きい動物と小さい動物では寿命が異なり、結果、俊敏性とか、生態圏とか、ぜんぜん異なってくるそうだ。

産業界でもベンチャーの社長と話す時の時間感覚と、大学で何か研究しようというときの時間感覚では、全く異なってくる。

とりわけ、ITベンチャーといったら、ドックイヤーと称されるぐらいのスピード感だ。

筆者のITリテラシーでいうと、SNSのMixi加入が1年前で、だいたい現在の参加者400万人に対して、100万番目くらいの参加タイミングだ。

動画投稿サイトのYoutubeを見るようになったのは、年を越えてすぐだったから、結構早いほうだとは思うが、アーリー・アダプターの最後尾くらい(あるいはもう普及ステージの初期)のところか。

こういう世界は、やってみてだめならすぐに軌道修正、という世界。

何があたるか分からないわけで、寸評抜き、行動ありき、なのである。

評論家や、斜に構えて批判をしている人間には、出る幕がない。

一方、大学の世界は、何か間違いがあってはならない世界である。

物事を行うには、十分吟味をして、慎重に進めることが肝要だ。

こうした小さな事象も累積してくると、大きく方向は変わってくるのだが、途中ではなかなか気がつかないし、気がつかれない。

個人的には、「これから仕事するぞ」というのと、「これから研究するぞ」というのでは、モードを切り替えて対応している。

とりあえずは人格が分裂しないよう(?)に、というのが、最近の自戒ではある。

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2006年6月29日 (木)

「Google誕生」④

(6月20日から承前)ビル・ゲイツ会長が引退を表明し、慈善事業への方向転換を明らかにした。

すぐに、稀代の投資家ウォーレン・バフェット氏が、ゲイツ財団に4兆円もの巨額寄付を行うというニュースも続いた。

功なり名を遂げたひとたちが、慈善事業に乗り出すというのは、米国文化の一つになっている。

納税してどこに使われているのか分からなくなるよりも、慈善に関しては自分たちでお金の使い道を差配しようというわけだ。

民間の市場で稼いだお金が民間で慈善にまわるというシステムで、実際米国の税制もこうした寄付行為を後押ししている。

大学なども、ずいぶんとこの恩恵を受けている。

この大学への寄付行為に絡んで、というわけでもないが、「Google誕生」を読んでいて、ちょっとした皮肉を発見した。

1996年に、Google創業前のブリン、ペイジ両氏がスタンフォード大学で研究を行っていた建物の名前が、「ウィリアム・ゲイツ・コンピュータ・サイエンス」なのである。

(ゲイツ360号、というのが彼らに割り当てられた部屋だった)

いわずと知れた、ビル・ゲイツ氏の寄付による建物だ。

いってみれば、後の最大のライバルになる学生たちに、建物を提供したのは、ゲイツ氏本人というわけだ。

ある意味、Googleの存在が自らを引退に追い込んだとも言えるから、皮肉といえば皮肉ではある。

しかしながら、個人的な確執は別として、同氏が建物の寄付にあたって発した言葉「この産業の未来に投資するため」という目的は、まさに劇的に果たされたわけである。

マクロ的に見るなら、これによって米国のコンピュータ・サイエンスは世界をいよいよ圧することになった。

ある企業(起業家)の成功が、慈善(寄付行為)や大学など様々な経路を通って、さらに先鋭的な技術と企業(起業家)を生む。

このスパイラルが、産業と技術革新のひとつの理念形でもあるのだ。





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2006年6月28日 (水)

産学連携の全体像と体系①

本コラムは産学連携について語っているわけだが、今回は、その全体像・体系について、コメントしておきたいと思う。

たとえば、東京大学産学連携本部では、「産学連携活動の基本7事業」というものを、公表している。

ざっと下記のような構成だ。

 ①プラザ事業(産学交流の場の提供)
 ②モデル化事業(産学連携・起業・実用化モデルの開発)
 ③サポート事業(制度的・法的実務環境の整備)
 ④マネジメント事業(知的財産の管理・運営)
 ⑤ガード事業(研究成果・秘密情報の保護)
 ⑥コンサルテーション事業(産学連携相談窓口の設置)
 ⑦ネクスト事業(産学連携推進教育研究プログラム)

産学連携に必要なことは、この分類にほとんど全て網羅されていると言ってよい。

が、一方では、外部の人から見ると、多岐にわたりすぎて、一瞥しただけでは理解が難しい。

この分類は大学が行うべきことを、大学側で整理しているのであって、産業界側から見ているわけではないからだ。

そこで、以下は私見なのだが、産業界側の人から「大学の産学連携って何をしてるんですか」と質問された時、以下の三つにくくり直して、手っ取り早く理解してもらっている。

 ①共同研究を行う
 ②(特許等)知的財産のライセンスを受ける
 ③大学発ベンチャーを生み出す、あるいはそれと付き合う


これだと、産業界側として、自分は何をやりたいのか、何をやれるのか、非常にすっきりする。

おそらくは、この三つに加え、④として産学連携のインフラ部分があり、そこに、交流の場作りとか、さまざまなコンサル、マッチング機能があり、あるいは研究者側の体制の取り決め(契約、利益相反、守秘義務など)、教育や啓蒙、広報といったものなどが、含まれてくる、とすれば分かりやすい。

いずれにせよ、企業側ニーズは、上記三つの中に分類されてくる可能性が高い、とひとまず考えておこう。(続く)

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2006年6月27日 (火)

組立教室

書くのが少し遅くなったのだけれど、先週土曜日に、某大学の生涯学習のコースに参加してきた。

テーマは、ロボットの組立教室。

人気が高かったらしく、抽選となったようだが、何とか20~30人の枠に滑り込んだ。

参加者は、メーカーを退職された方や、ソフトを書いていたという女性(あとオタクっぽい人?、お子さん連れ)などだが、8割ぐらいの人はプログラミングの経験があるらしい。

こちらは、文系人間で(科学技術系のジャーナルや書籍を読むのは大好きだが)、組立もプログラミングも素人なので、前途多難ではあった。

Dsc00218

まずは回路の組立から。

はんだごてを持ったのは小学校以来。

なんとか使いこなして、部品を取り付けていくが、抵抗を逆向きに付けたりして、往生する。

バイトの学生さんのヘルプを受けて、修正。

次に、C言語で簡単なプログラムを書くのだが、こっそり付属のCDからコピペして、それからいくつかのコマンドを変更し、これで何とか遅れを取り戻す。

最後は、一日かかって、モーターの回転と、LEDの点滅を確認したところで、おしまい。

Dsc00217

あと二週間で二回あるので、徐々にロボットを組み立てていく予定。

久々に手を動かしているので、今はやりの脳細胞の活性化には、かなり良さそうだ。

■      ■      ■

少子高齢化が進む中、こうした生涯学習プログラムみたいなものが、だんだん重要になるのだろうと、思う。

特に、聞きっぱなしの講義を受けるのと違って、実習形式は生徒側の満足度が高い。

一人でやるにはその気も起こらないのだが、こういう具体的な場を与えられると俄然チャレンジする気になってくる。

知り合いのエンジニアが、「e-learning は臨場感に乏しく、味気がない」と喝破していたが、場としての大学は大きな可能性を秘めていると、実感した次第。

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2006年6月26日 (月)

大学のミッションについて⑤

(6月21日より承前)産学連携は、「社会還元」の有力な一形態である。

これは、大学で研究された科学的成果を、直接、産業界に移転していこう、という考え方だ。

従来の「社会還元」は、研究論文が産業界に流布される、とか、卒業生が就職して活躍する、というような間接的手法が中心だった。

今回は、大学側が、研究成果を直接企業に移転して事業化を図る、という形が加わる。

そのために、大学側も、共同研究や特許ライセンスの付与を行ったり、ときに大学発ベンチャーの組成を行うなど、より積極的な関わりが求められている。

ここで気を付けなければならないことは、「研究」「教育」「社会還元」がそれぞれ相反するものではない、ということだ。

「研究」や「教育」の成果は、積極的に社会に「還元」されなければならない。

様々な技術や発見も、研究室の中だけで完結するのではなく、広く社会に向かって、どう実用化、応用化していくかということが、ますます重要になってきた。

この辺は研究者の意識に変化が必要とされるところである。

一方で、「社会還元」の存在が「研究」「教育」の阻害となってはならない。

産業界からすると、研究者との共同研究や技術移転には、時間がかかることを理解する必要がある。

「大学が産業界の下請けになってはならない」というのは、多くの研究者達の本音である。

産業界側がこの点を理解していないと、大学への「発注」は、複雑骨折したあげく、悲(喜?)劇に終わってしまうこともある。

であればこそ、研究者の自発性や創意工夫と、産業界からの要請をどう調和させていくか、それこそが産学連携の要諦と言っても過言ではない。

今まさに、この両者をハイブリッドさせるためのマネジメント手法が、模索されなければならないのである。





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2006年6月22日 (木)

技術開発予算:採択委員会

某政府系機関の技術開発予算の採択委員を引き受けた。

今日がその委員会だったのだが、朝から晩まで12時間かかって、なんとか終了した。

こういうマラソンみたいなのは、かなり珍しいらしい。

さすがにムチャクチャ、疲れた。

緑茶も、ペットボトルと缶を、がぼがぼ飲み過ぎ。

実際、議論も白熱したのだが、ともあれ、だいたい結論的には納まるところに納まったと思う。

皆、タフではある。

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技術開発の予算なので、採択委員は大学の先生方が中心となるのだが、その中に私のような民間人が入るというのも、昨今のマーケット志向、産学連携志向と、無縁ではない。

今や、開発予算の申請も、最後に論文を書けば終わり、ということでは、なかなか理解を得られない。

税金を使う以上、開発成果を、最終的に製品やサービスに昇華して、市場に投入することが求められる時代になった。

そこで、技術スペック以外にも、事業の有望性や、市場ニーズの鑑定を頼まれているわけだ。

それともう一点、開発から事業化に至るコンソーシアム作りも、ますます大切になっている。

大学、研究機関やメーカーはもちろんのこと、将来その製品を使用しそうな潜在顧客(例えばサービス・プロバイダーや最終消費を行う法人など)を、早めにメンバーに加えることが、コンペに勝ち抜く鍵になってきているのだ。

その意味で、国の方向性は、わりあい明確になってきている。

開発した技術は、具体的な産業化に持って行きたい。

産学連携が重要になる所以である。

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2006年6月21日 (水)

大学のミッションについて④

(6月5日から承前)大学の「研究」「教育」に続く第三のミッションは、「社会還元」である。

もちろん、「研究」も「教育」も、ともに「社会還元」的な要素を含んではいる。

まず、「研究」成果は、多くの論文となって、さまざまな知見を社会に与えている。

それが企業の開発者にヒントを与えたり、あるいはメディアを通じて社会生活の方向性に影響を与えるのは、多々あることだ。

たとえば最近、巷で脳(を鍛える)ブームが起こっているけれど、これも大学や研究機関において脳科学が発展したことが引き金になっている。

大学の研究成果というものは新しさや面白さに事欠かないし、そういったものは、この情報化社会において、すぐに喧伝・伝播されるのだ。

また、「教育」も、大学で学んだ人材が社会にでるという効果を通じて、その成果が世の中に浸透していく。

これは筆者の経験だが、米国で90年代に、金融財務の理論で、キャッシュ・フローによる企業価値評価法というのが、はやったことがあった。(日本にも輸入された)

実は、80年代に米国の大学でこの理論を教え込まれた若手達が、大挙してウォール街に就職、その後に世代交代が起こって、皆がこの評価方法を使うようになった - というところを、目の当たりにしたことがある。

古参のアナリストも、こういった新卒者をアシスタントにつけて、この評価法を使って自由にレポートをかかせ、間接的に大学発のノウハウを吸収したりしていたのだ。

これなど、大学の教育が、人材を通して、仕事のやり方を変えた例と言えるだろう。

こうした、「研究」と「教育」を通じた「社会還元」は常になされてきた。

しかし、わが国においても、国の制度改革(国立大学法人化など)を背景として、新しい動きが起こってきたように思える。

すなわち、「教育」と「研究」にインプリシット(暗黙の、含まれた)な「社会還元」ではなく、「社会還元」それ自体を抽出し、大学がそれを主体的に打ち出していこう、という潮流が起こってきたのである。(続く)

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2006年6月20日 (火)

「Google誕生」③

(6月15日から承前)「Google誕生」を読んで、気が付いた点の三番目。

徹頭徹尾、テクノロジー指向で成功した企業であること。

何をあたりまえのことを、と言われそうだが、よく考えると、これはすごく不思議なのである。

なぜなら、一般的に、テクノロジー系ベンチャー企業が、自社技術に溺れて失敗することは、非常にしばしば見受けられるからである。

開発者は自分の技術に自信があるのが普通だ。

往々にして「良い技術は必ず売れるはずだ」と思いこむ。

実際に、それくらいの思いこみがないと、開発者などやってられない。

しかし、それ故、唯我独尊に陥り、市場を置き去りにしてしまいがちだ。

Googleのケースでも、長らくお金をどう回収するのか、ビジネスモデルは不在だった。

特に創業者メンバーたちが、当時ポータルで流行していたバナー広告(既に当時、ごてごて、けばくなっていた)の掲載を拒否した、というに及んでは、ベンチャー・キャピタルも頭を抱えていたことだろう。

技術の良さは認めながら、どうやって課金を行うのかは、しばし試行錯誤が続くのである。

もちろん、この間は、現金消耗が続く。

おそらく、当事者達を支えたのは、ページランク検索という売り物の技術が、(無償ではあったけれど)利用者の支持を得ていたことだと思われる。

また、ホストではなく、自作サーバーの増設で、容量拡張が容易なシステムを組み上げていたという先見性もあった。

検索エンジンの利用者の支持と、システムの拡張性-この二つの優れた技術で、準備万端の体制を整えていたからこそ、後は最後の一押し、パズルの最後のワンピースを、待つ状態にあったのだ。

そして、具体的には、新しいビジネス・モデル -検索キーワード連動型広告- が導入された途端、爆発的な成長が実現したのである。

これ自体は他社によって開発されたものだが、あたかも自分が発明したかのように、自家薬籠のものとすることができたのも、技術がぎりぎりまで煮詰まっていたからだろう。

もし、キーワード連動広告というモデルが現れず、今でも誰も気が付かなかったとしたら?

その時は、ちょっと優れた検索エンジンの会社があったね、ということで、Googleは消滅しているだけのこと。

こうしてみると、優れた技術、利用者の支持、先見性、にビジネスモデルと、最後にタイミングと運の良さまで含めて、誠に成功への道はナロー・パスと言わざるを得ない。

だが、それ故にこそ、チャレンジの醍醐味は、他を圧するものとなるのだ。

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2006年6月19日 (月)

大学のストック・オプション取得②

(承前)まずは、国立大学法人の株式保有に関する規定を、おさらいしておこう。

・事業上の株式取得は不可。

すなわち、国立大学法人が、子会社や関連会社を持つことはできないのである。

時々ベンチャー企業から、大学に出資してもらいたい、といった話が話半分ででるのだが、それははなからできないわけだ。

・株式運用は不可。

あくまでも余裕資金は、安全性を重視して、元本保証の確定利付き商品のみ、ということになっている。

したがって、大企業もベンチャー企業も、大学から投資してもらうことはできない。

・例外として、関連TLO(技術移転機関)の株式取得は、可能。

これにより、大学技術のライセンス仲介業務に関しては、大学の資本が入ってもよい、ということになった。

・寄付および大学技術ライセンスの対価の場合も、例外的に、株式の受け入れを認める。

ベンチャー企業にとって大事なのは、この最後の規定だ。

なぜなら、技術ライセンス料として、ストック・オプションを、大学に交付できるからである。

現金不足のベンチャー企業にとっては、初期の負担を軽減して、大学の技術を利用できるわけだ。

大学側も、当該ベンチャー企業が株式公開すれば、値上がり益を狙えることになる。

もちろん、当該ベンチャー企業の事業がうまくいかないこともあるだろうが、その場合は、大学側は、ストック・オプションを行使しないだけなので、実損は被らない。

(大学にとっては、本来、現金で得られたかもしれないライセンス料が入らない、という意味での機会損失はある。ただし、事業が失敗している以上、その技術の市場価値に疑問がつくのはやむをえない)

ここにいたって、ようやく、日本においてもスタンフォード大学とGoogleのような関係 - ベンチャー企業から大学へのオプション交付(ライセンス料) - が、成立しうる可能性が開かれた。

とはいえ、制度ができることと、本当に成功例が出現することは別だ。

必要条件はクリアされたものの、十分条件への道は今まさに始まったばかり、ということになるだろう。

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2006年6月16日 (金)

大学のストック・オプション取得①

6月12日のブログで、スタンフォード大学がGoogleからストック・オプションを受取り、その利益が3~4億ドルにのぼったと書いた。

この辺は、「Google誕生」の中では、必ずしも明示的には触れられていない。

同著は大学の話ではないので、割愛されているのだと思われる。

この辺りの経緯を言うと、もともと、中核となるページランク技術はGoogle創業者たちが開発したものである。

が、これは大学内での職務発明である、ということで、特許の帰属は、個人ではなくスタンフォード大学のものとなった。

(もちろん、スタンフォード大学が特許から得た利益の一部は、学内規定により、ぐるりと回って、また発明者たちに還元される。
よって、ペイジとブリン両氏の所得は、Googleの株式利益や給料だけではなく、大学から特許料の一部が払い戻されている、と推測される)

こうして、大学からGoogleに特許ラインセンスが行われ、そのライセンス料としてGoogleは大学にストック・オプションを支払ったのである。

一般に、ベンチャー企業は創業期にはお金が乏しいから、ストック・オプションで支払いができれば大いに助かる(株券を刷るだけ)。

大学は大学で、そのベンチャー企業が株式公開できれば、売却益を得られるという仕組みだ。

日本は、どうだろうか。

日本では、以前は、国立大学が企業の株式やストック・オプションを取得することは、不可能であった。

しかし、2004年の国立大学法人化を経て、この点が一部ではあるが、緩和されることとなった。

その通達が文部科学省から出されたのは、2005年3月、法人化のちょうど一年後である。(続く)

(文部省通達)
http://www.mext.go.jp/a_menu/shinkou/sangaku/sangakuc/sangakuc4_8.htm#01

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2006年6月15日 (木)

「Google誕生」②

Google黎明期の話を読んで、気が付いたことの二点目。

それは、大学の先生と、エンジェル投資家のコネクションである。

Googleの場合、具体的にはスタンフォード大学人脈ということになる。

創業者であるブリンとペイジが、意を決してベンチャー企業を立ち上げようとしたとき、真っ先に直面したのが、最初のシード・マネーをどうするか、ということだった。

検索エンジンの理論とプロトタイプは出来ていても、これを実際に運用するには多くのサーバーが必要だ。

しかし資金がなければ、それすら揃えられない。

ベンチャー・キャピタルの出番は、まだまだ後の話。

本当の最初の最初、海のモノとも山のモノともしれない研究生にお金を出してくれる人などいるのだろうか?

同書によると、見かねた担当教授が個人投資家を紹介し、彼が切った10万ドルの小切手が資金面でのスタートだったということである。

しかも、これは、ただの投資家ではない。

この投資家-ベクトルシェイム氏-は、サン・マイクロシステムズの共同創業者であり、後にはベンチャー企業を興して、これをシスコ・システムズに売却し、そのまま副社長に納まった、という経歴だ。

言うまでもなく、サン・マイクロシステムズ自体が、スタンフォード大学発ベンチャーであり、このベクトルシェイム氏が同大学OBであろうというのは、ほぼ想像が付く。

すなわち、大学人脈によって、成功した起業家-教授-研究生という線が結ばれてたのだ。

成功したベンチャー起業家は、次代を担う若手起業家に個人的な援助を行う。

その仲介を、大学教授が積極的に買ってでる。

投資家は、教授のテクノロジーに関する助言に信頼を寄せる。

また教授もこの投資家の技術の目利き能力や産業に貢献する力を信頼している。

なかなか、ここまでのネットワークや信頼関係は、日本にはまだまだ無いと思う。

実際、投資家になるような成功した起業家は、米国に比べて少ない。

先生の方も、学生や研究生の就職の世話で精一杯、という状況だ。

いつの日か、日本でも、「あの投資家なら、君のベンチャーに資金を出してくれるんじゃないか」と教授に言ってもらえるような、そういう投資家(もと起業家)が輩出されて欲しいと思う。

そのためには、大学技術を活用した第一世代ベンチャーが、少なくともあと景気一サイクル(5年くらい?)ぐらいは活躍して、成功体験を蓄積していく必要があるように思われるのだ。

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2006年6月14日 (水)

大学基金のデューディリジェンス

村上ファンドの命運を、米国の大学基金が握る、という記事が出ている。

http://www.zakzak.co.jp/top/2006_06/t2006061324.html

ファンド側のコンプライアンス(法令順守)が満たされていない以上、米国の大学基金もこのまま資金を預けておくことは、確かに難しい。

基金側の今後の処理へと、焦点が移ってきそうだ。

日本の大学はほとんど積極運用はしていないから、今のところ、こうしたリスクからは遮断されている。

が、今回の一件を対岸の火事とするのではなく、事前に格好のケース・スタディとして取りあげ、様々な教訓を組み上げておくことは、来るべき大学基金の大運用競争時代に備えて、大切と思われる。

そこで、大学の基金が、ファンドなどの投資先を選定する場合、どのような査定を行うか、見てみよう。

一般にデュー・ディリジェンスと呼ばれるプロセスで、次のような項目のチェックが入る。

・組織の構造
・中核となる人材
・利益の分配方法と担当者たちのインセンティブ
・具体的な投資戦略と投資上の規律
・投資先の精査方法
・投資先の価値を高める活動
・リスク・マネジメント
・過去のトラック・レコード
・リファレンス(取引先や協力先、過去の投資先など第三者へのヒヤリング調査)

法令順守は、「リスク・マネジメント」というところで調査される。

例えば、法令順守部門への人材配置や、牽制とチェック、社内の意志決定の手続き、書類の保存、などの重点調査項目が含まれる。

村上ファンドの場合は、トップ自らが暴走して、それもメールや書類に証拠を残さないというやり口だったと報じられている。

さすがにこうなると、大学基金を含む資金拠出者側のチェックをもってしても、インサイダー取引までを把握することは難しいだろう。

どうしても当局の摘発に頼らざるを得なかったわけだ。

今回の一件を契機に、海外の大学基金がどのような運用方針、あるいは運用手法を編成してくるのか、これからが興味あるところである。

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2006年6月13日 (火)

50年後の日本はどうなる?

東京大学産学連携本部アシスタントのスゥです。
今日は、ちょっと宣伝で~す♪

東京大学と野村證券の共同研究による「50年後の未来」を描くプロジェクトが本になりました。

『図説 50年後の日本』  東京大学・野村證券共同研究 「未来プロデュースプロジェクト」著 三笠書房  定価1300円(税別)

Nec_0080_1東京大学の工学・理工学・医学・農学などの最先端の研究者15人が、50年後の産業・生活・世界を、できる限り科学的根拠に基づいて描いています。

そのアイデアは、宇宙空間までエレベータで行くことができる「軌道エレベータ」、行き先を告げるだけで目的地まで飛んでいく「エアーカー」、タンスと洗濯機が一体化した「バイオミストボックス」、服の上から一枚着るだけで病気がわかる「透視診断シャツ」などなど盛りだくさん(投資診断シャツではありませんのであしからず。でもあったらほしい‥)。

実はこのプロジェクト、私も五内川さんもかかわっていました。始動は2004年春で、2005年の秋にやっとまとまり、集大成として安田講堂でシンポジウムを開催しました。その反響が大きく、このたび三笠書房さんから書籍として出してもらえたのです。

かなり読みやすく編集されているので、ぜひお手にとってみてくださいね。

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2006年6月12日 (月)

大学のライセンス収入が増加

「我が国の大学のライセンス収入が初めて6億円を超える」という記事が出ていた。

http://bizplus.nikkei.co.jp/genre/top/index.cfm?i=2006061002491b1

「これまでに調査した国立大の05年度の特許収入が総額約4億5000万円で、集計途中の公立、私立大の分が約1億9000万円に達した。文科省は「知的財産の活用が組織的、戦略的になってきた証しだ」と評価している」

今までも大学から産業界に様々な技術の指導、支援などは行われてきたが、きちんと知財権を確立して対価をいただく、という発想は乏しかった。

特許は、先生個人に帰属する場合も多く、こうなると組織的・戦略的に産業界に特許移転する発想は無かった。

その意味で、上述の記事は、TLOや大学の知財本部の整備・運用が成果を出し始めたことを示しているわけで、ここ数年の変化は本当に大きかったのだと思わせる。

もちろん、この程度の話は、米国の最も華々しい実績と比べると、まだまだささやかな段階に留まっているのも事実である。

例えば、大学特許取扱いの嚆矢になった、遺伝子組み換え基礎技術のコーエン・ボイヤー特許がある。

同特許は、80年代初頭から15年以上にわたって、スタンフォード大学に特許ライセンス収入をもたらした。

その額は2億ドルを超えると言われる。

スタンフォード大学は、最近では、グーグルに検索技術のライセンスを供与。

対価として受け取ったグーグルのストック・オプションは、3億~4億ドル相当の収入をもたらしている。

一大学のライセンスでも、日本のライセンス総額と、桁が二桁違うのである。

もちろん、この二つは史上最高のケースであって、単純な比較で「だから日本は駄目だ」式の議論はすべきではない。

大事なことはようやく日本でも、こうした試みが始まったことだ。

なにより今後目指すべきは、産業の歴史を革命的に変える基礎技術を、提供することだ。

思えば、コーエン・ボイヤー特許は遺伝子組み換え産業を生み出し、グーグルのページランクに始まる技術は、ITの知の再編をもたらした。

日本発のどのような特許が、その最初のモデルたりうるだろうか。

見所はここから始まる。

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2006年6月 8日 (木)

「Google誕生」①

「Google誕生~ガレージで生まれたサーチ・モンスター」デビット・ヴァイス著、イースト・プレス社、を読む。

最近は、Google関連本が大流行だ。

日本でGoogleブームに火を付けた梅田望夫氏の「Web進化論」、検索エンジンの歴史をたどった「ザ・サーチ」から始まって、Googleの利用本なども加えると、百花繚乱の状況になっている。

こうした中、本書「Google誕生」は、Googleのインサイド・ストーリーを追う、いわば社史的な書籍と位置づけられる。

もちろん、Googleと検索エンジンの物語は今なお進行形であり、その意味ではGoogle史の中間報告と言えるだろう。

ともあれ、本書にはGoogle黎明期の様子が描かれており、そこに産学連携のヒントも潜む、というわけだ。

(故に、本ブログでも取り上げる意味が生じる)

いろいろ、気が付いたことはあるが、まず第一に指摘したいのは、スタンフォード大学とGoogle創業者たちの関係である。

言うまでもなく、同社の創業者ラリー・ペイジとサーゲイ・ブリンは、スタンフォード大学の研究者だ。

その技術的天才ぶりは、随所に描かれている。

しかし、本書によれば、二人は決して、最初からベンチャー企業を起こそうとしたわけではない。

ページ・ランクによる検索システムは、当初、有力ネット企業へのラインセンスを模索され、それが失敗に終わったために、やむなくベンチャー化したのである。

当然、大学における研究者としての道を歩むのか、はたまた、自分たちの発明を広げるために起業する、という冒険的な道に乗り換えるのか、そこはいろいろな葛藤があったようだ。

こうしてみると、シリコンバレーといえども、我々日本人がイメージするような、隙あらば喜んでバンバン会社を起こしていく、ということではなく、やはり、キャリアについて悩む人間の姿があるように思われる。

やはり高度資本主義社会の人間の悩みは、共通なのだ。

もちろん、ひとたび起業を決断しさえすれば、初期資金をぽんと出すエンゼルの登場や、IT業界に精通した専門ベンチャー・キャピタルとの出会いなど、分厚いシリコンバレーの資源がフル活用されていく。

ここから学びとれるのは、多様なキャリア・パスの存在であり、才能さえあれば、どのような道を取ろうとも、第一級の人々との協業が可能になる、という社会である。

翻って、日本の現状を見ると、20歳代半ばにして、アカデミズムと産業界(それも大企業指向で)の二者択一を迫られ、その後のパスが限定されてしまうように思われる。

ポスドクが余っている、という話も聞こえる昨今、我が国においても、大学、大企業、ベンチャー、さらにはサポート産業(ベンチャー・キャピタル、知財関連、コンサル、政策立案・・)など、乗り換え可能な多様なパスを用意することは、喫緊の課題と思われる。(続く)

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2006年6月 7日 (水)

村上ファンドと大学基金②

海外の大学基金の運用がどれほどアグレッシブか、それは運用スタイルにも現れてくる。

お金を銀行預金に預けているだけではなく、様々な金融商品で運用を行っているのだ。

代表的な運用商品としては、リスクが多少低いところで債券、もう少しリスクを取って株式、あたりが、一般的だ。

しかし、米国の大学基金になると、こうした伝統的な商品以外にも、ヘッジ・ファンドやプライベート・エクイティ・ファンド、不動産ファンドなど、各種の商品に投資を行っている。

債券・株式以外のこうした投資は、オルタナティブ(代替)投資と呼ばれ、ハイリスクながらハイリターンをねらえる商品と位置づけられる。

当たれば、大きくリターンが取れるが、損失の可能性もある。

大事なお金を、こうした商品に一点集中でつぎこむ行為は、もちろん危険だ。

が、各基金は、代替投資を、運用資金全体の10%以内(例えば3~5%程度)に抑え込むことによって、うまくリスク管理をしている。

これなら、仮に代替投資が損失を出しても、残り90%超部分の運用がきちんと利益を出せば、全体のリターンは確保される。

一方で、代替投資部分が年率2割とか3割といった高利でまわれば、基金全体の運用リターンを数%押し上げることが可能だ。

今回、海外大学基金は村上ファンドに拠出したと言われているが、これは数ある代替投資の運用先の一つにすぎないと思われる。

実際、今回の件では、大学基金は資金を預けただけだから、基金側に違法性があるわけではない。

基金側は、運用者が逮捕された影響、今後の資金の継続・撤退の判断、資金回収の時期と方法、運用ポートフォリオ全体への影響といったものを、これから冷静に見ていくことになるだろう。

とりわけ、どこに資金を預けるかに関しては、デュー・ディリジェンスと呼ばれる厳しいチェックが行われる。

その中でも、コンプライアンス(法令順守)は最大のチェック項目の一つだ。

今回の件で、村上ファンドに対して、厳しくコンプライアンスを問うことになるだろうし、基準を満たしていないと考えれば、資金引き上げもありうる。

もちろん、海外の大学基金がこの一件を契機に代替投資を全て取りやめる、ということにならないだろう。

リスクとリターンは本来一体のものだし、それよりもどうリスクを一定範囲以内に抑え込んでコントロールするか、そのことに関していかに説明責任を果たすか、が重要だ。

大学基金の運用益が、大学にとって重要な収入源であることは確かで、そのための運用体制と説明責任確立に向けて、今後も様々な努力が試みられるものと思われる。

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2006年6月 6日 (火)

村上ファンドと大学基金①

村上ファンド代表の村上世彰氏が、インサイダー取引で逮捕された。

いうまでもなく、同氏の行動には光と影の両面がある。

光の部分としては、ともすれば保身に走り勝ちな企業経営者に、株主の利益を認識させ、もって企業経営の効率を高める触媒の役割を果たしたということがあげられる。

一方では、一部の企業インサイダーと組んで不透明な情報を活用、それによって市場経済の信頼を揺るがした、という影の部分も持ち合わせている。

今回は、ついに、その影の部分にメスが入ったわけだ。

いずれにせよ、日本の金融史、経営史において同ファンドをどう位置づけるか、歴史的な評価が必要になってくるだろう。

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しかしながら、本稿の主テーマは産と学の連携なので、村上ファンド問題についても、その点に論点を絞ってみたい。

さて、村上ファンドと大学に何の関係があるのか? と疑問をもたれる方も多いと思う。

しかし、これが大ありなのだ。

マスコミ等で巷間伝えられるところによると、村上ファンドへの資金の出し手のうち、実に6割が、海外の大学基金だという。

(もっとも、出資金額4,000億円の6割なのか、出資者100件のうちの6割という意味なのか、そこは不明)

同ファンドは、オリックスの出資から始まったといわれるが、現状では、大学から流れ込んだ資金が根幹をなしていたのである。

驚くべきは、海外の大学がいかにアグレッシブに資金を運用しているか、ということだ。

大学の収入源は多様であるが、そのうち、基金の運用益が、大学経営の大きな柱をなしているということである。

今、大学の収入源として考えられる可能性を列挙してみると、たとえば、次のようなものがあげられる。

①研究費(公的、民間)
②授業料
③特許ライセンス・フィー(現金、株式オプションなども含む)
④寄付金
⑤基金の運用益

この収入の入り方というのは、実は大学のミッションと密接な関係がある。

①が研究、②が教育、③が社会還元(産学連携含む)、である。

④は、大学側の自助努力では、コントロールしたり、予測したりすることが難しい。

よって、大学としては、①~③に力点を置いて、努力することになる。

しかし、海外の大学は、①~③以外に、⑤の基金運用という大きな収入源をもっているのだ。

この点、日本の国立大学などは法人化されたとはいえ、まだまだ⑤は遠く射程内に入ってきていないのである。(続く)

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2006年6月 5日 (月)

大学のミッションについて③

大学のミッションのうち、「研究」と並ぶ重要な項目として、「教育」がある。

過去の学問の体系を教える、学ぶ、ことができるのは、大学においてだけである。

実は、産業界から「大学での教育は役に立たない」「もう一度オン・ザ・ジョブでやり直して新人を育てる」という話が、時々でることがある。

しかし、おそらくそれは一面的な見方なのだろう。

大学における勉強は、知識の断片を詰め込むことではなく、過去の学問が築き上げられてきたプロセスを通じて、体系的なものの見方を養うところに意味がある。

ビジネスに用いられる特殊専門知識と、大学における学問の習得には違いがあるが、それは役割を分担すべきものと思われる。

その点、教育についても大学には大学の独自性があり、産業界の要請に従って人作りをしているわけではない。

産業界としても、その点を十分認識しておくことが必要だ(あるいは分かっているかもしれないが・・)。

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もちろん、教育のあり方も静的なものではありえないから、今後は様々な変化が生じることはありうる。

例えば、インターネットによって、世界の知の多くが検索可能になってきたとき、教師と生徒の関係はどう変化するのか。

オンラインでの教育の配信が可能になったとき(技術的には既に可能になりつつあるが)、学習方法はどうなるのか。

大学固有のコアがあるとしても、産業界や社会で広く生じた事象を、どう教育現場にフィードバックしていくのか。

はたまた、直近の例だと、少子化やらなにやらで日本の学生の平均学力が落ちているのではないか、といった問題だってある。

いずれにしても、教育というミッションは変わらずとも、その方法論は今後大きな変化に直面することが予想されるのだ。(続く)

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2006年6月 1日 (木)

東京大学アントレプレナー道場

東京大学産学連携本部アシスタントのスゥです。

いよいよ今日から6月ですね。今日はさわやかに晴れていますが、これから雨が多い季節になると思うと、ちょっとゆううつです。

先日、「東京大学アントレプレナー道場」が経済学研究棟地下1Fで開催されました。

Nec_0045 アントレプレナー道場は今回で2回目。東大生を対象に、自分のアイデアをもとにして起業(学生発ベンチャー)できるか、自分の研究成果である発明等の知的財産を事業(ビジネス)に結びつけることができるのか、ということを勉強する会なのです。

ここのすごいところは、実際にチームを作ってビジネスプランの提案を行い、有望と思われるチームには、合宿をして最終発表では、優秀チームを表彰します。さらにビジネスになりそうなプランにはエッジキャピタルが設立出資までしましょうという、勉強と実践を兼ねたものなのです。

昨年は、「香りの出る広告」や「樹木スピーカー」などが優勝し、メディアから取材が殺到したとか。

で、私はそこで何をやっているかというと、カメラマンでした(^_^;

先日は第1回目だったので、基調講演と、パネルディスカッションがありました。パネルディスカッションには、ミクシィの笠原社長ほか、学生発ベンチャーの社長が3人パネリストとして出席されました。

話はとってもおもしろかったのですが、写真を撮るのに苦労したのが笠原社長(o≧∇≦)o

目が細くて、緊張しているのか、よくまばたきをされるんですね。

撮った後、デジカメのモニタで確認すると、目をつぶった写真がほとんど(-.-メ)

慌てて何回も取り直ししたんだけど‥‥。私の撮り方が下手だから??

ふと思ったのが、笠原社長ってV6の「いのっち」に似てる‥‥。

懇親会で挨拶したら、とっても気さくな方で、名刺までもらっちゃいました。

笠原社長を見たら、目に注目!!です。

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